「春の水山なき国を流れけり」(蕪村)。山の…
「春の水山なき国を流れけり」(蕪村)。山の雪が春に解けて川を流れていく。そんな情景が思い浮かぶ。が、都会では水道水の水温にその違いを感じるぐらいだろうか。
古書店を回っていると似たようなことを感じることがある。古書店は基本的に棚の本をあまり並べ替えたりしないが、ある日突然変わっている時である。
蔵書家が何かの理由で本を処分したなどの原因があるのだろう。蔵書家によって集める種類が違うので、同じジャンルの本が雪解け水のように店頭に並ぶというわけである。それもまた、古本蒐集家にとっては楽しみでもある。
今はどうか分からないが、かつては書斎を持つことが男性の夢の一つだと言われていた。自分だけの知的空間で集めた本を眺めながらひとときを過ごす。しかし都会で狭い住居に住んでいる人はこの夢は諦めなければならない。
せめて書棚を置き、そこに自分の好きな本を並べるくらいしかない。しかし、本は集め始めると際限がなく増殖する。生活空間を侵食し、しまいには本の間に寝起きするということにもなりかねない。
古書関係に詳しいライターの岡崎武志著『蔵書の苦しみ』(光文社新書)には、そんな蔵書家たちの文字通りの「苦しみ」が描かれている。その一人が評論家の草森紳一で、数万冊に及ぶ本の一部が崩れて風呂場に閉じ込められたというほど。平成20(2008)年のきょうは、その草森が亡くなった日である。