「いちまいの切符からとは春めく語」(後藤…


 「いちまいの切符からとは春めく語」(後藤比奈夫)。昨今は春めいて空気に暖かさが感じられる。道行く人たちも冬から春の服装に変わりつつあるようだ。

 会社の窓からのぞいて見ると、桜の蕾はややふくらんだかどうかといった状態。いつごろ咲くのか、という推測はまだできない。

 桜の不思議なのは、開花する時は夜が明けたらいつの間にか咲いていたと感じるほど速度が速いことだ。ただ、それまではいつ咲くか分からない。だからこそ桜への愛着がわくのかもしれない。

 桜をめぐっては、大学受験の合格発表の電報を思い出す。家に届いた電報を開くと「サクラ チル」といった衝撃的な文字が目に飛び込んできた。翌年合格したが、その時は東京に滞在し、自分の目で掲示板で確かめた。

 入学式のころは大学へ行く道が桜で満開だったことを覚えている。桜が青春時代の感傷と結び付いている気がするのは、この受験失敗の記憶があるからだろう。卒業などで友人たちとの別れを経験する時期でもある。

 芥川賞や直木賞を創設した文学者の菊池寛も、成功に至る道は挫折に満ちていた。文壇で活躍する友人たちを見ながら、ひとり京都で臥薪嘗胆の苦悩を抱えていた。そのことは「無名作家の日記」に反映されている。「恩讐の彼方に」や戯曲「父帰る」が代表作だが、月刊誌「文藝春秋」を創刊したことでも有名。その菊池は昭和23(1948)年のきょう亡くなっている。