「洛」とは京都のこと。京都には、洛中と…


 「洛」とは京都のこと。京都には、洛中と洛外の区別がある。京都市中心部に住む人々は京都人と呼ばれる。が、洛外(中心部以外)の京都市民はそうではない。

 井上章一著『京都ぎらい』(朝日新書・本年刊)によれば、著者は京大の学生だった当時、研究の一環として、町屋建築の住宅で知られる杉本家を訪問した。当主でフランス文学者だった杉本秀(ひで)太郎(故人)は、学生が京都市嵯峨の出身と知ると「嵯峨の田舎から洛中へ来たのか!?」といった露骨な対応をした。

 「京都人でもないのに京都人と思っているのは身分不相応」と杉本は考えた、と著者は理解した。その後梅棹忠夫(文化人類学者、故人)を訪ね、杉本の対応について質した。梅棹は、対応は当然と答えた。嵯峨言葉はなまっていた、とも付け加えた。

 嵯峨は京都市右京区だが、昔は京都府愛宕(おたぎ)郡だった。京都駅から嵯峨野までは10㌔。距離ではなく文化の問題のようだ。山科(今は京都市内)の男とは結婚したくないと言う女性。「東山が西に見えるから」という理由がすごい。

 京都人からバカにされた著者は、嵯峨以西の京都府亀岡市をバカにするようになった、と告白する。優越感は、見下すべき相手を見つけてしまう。結果、価値の序列が生まれる。

 被害者意識で書かれた本ではない。が、クールな視点は保ちつつも、京都人の優越感によって挫折した著者の記憶は鮮明だ。「不思議な京都」。