デザインに盗用疑惑が持ち上がっていた…


 デザインに盗用疑惑が持ち上がっていた2020年東京五輪の公式エンブレムは使用中止が決まった。だが、「模倣と独創」の問題は普通考えられている以上に微妙だ。他の作品の影響抜きにあらゆる表現は成立しないからだ。

 1978年、ある新人文学賞の受賞作をめぐって、開高健の傑作『夏の闇』(1972年)から盗用したとされる事件が起こった。受賞取り消しにはならなかったが、受賞者はその後文壇から姿を消した。

 最近刊行された今野真二著『盗作の言語学』(集英社新書)を読むと、その作品が模倣を指摘されてもやむを得なかったことが分かる。

 が、それでも疑問は残る。『夏の闇』は傑作だから、盗用はいずれ発覚する。これから世に出ようとする書き手がそんな危険を冒すメリットはどこにもない。

 推測するしかないが、彼は、開高の作品に強い影響を受け、その自覚もないまま作品を書いて応募した。それが、たまたま選考委員の目をすり抜けて当選となった。問題は、影響を受け過ぎたことだ。作者の「私」の輪郭がはっきりしていれば、固有の部分が必ず表現されるはずだ。それがなかったことが弱点となった。

 この世に単なる独創はない。必ず先行する作品がある。それとの葛藤の中から新しい作品が生まれるのだが、この作品には、そうした葛藤の跡はなかった。影響されるがまま書いてしまった弱さに、問題の根っこがあったと思われるのだ。