石原慎太郎氏が「何でもらうか、さっぱり…


 石原慎太郎氏が「何でもらうか、さっぱり分からない」と発言していた。先月末の叙勲についての反応だ。勲章を拒否したのではない。「ありがたいことです」と感想を述べるのが一般的な中、文学者らしい対応をしただけだ。

 今から60年前、北大路魯山人(1959年没)は人間国宝(重要無形文化財保持者)の指名を辞退した。理由は不明だが、養家を転々とする中、独学で才能を開花させた彼が、国が与える栄誉を受けるはずがないという反骨説にも一理ある。

 半面、弟子筋にあたる荒川豊蔵(陶芸家)が魯山人に先立って人間国宝となったことへの反発があったとする嫉妬説も捨て難い。反骨も嫉妬も、暗く屈折した感情だが、そこがいかにも彼らしい。

 辞退後、側近に向かって「文部大臣は芸術のことを分かっていない」という趣旨の発言をしたと言われるが、本当に芸術を理解していれば、大臣なぞやっているわけがない。

 実際は当時も現在も、専門家の意見を聞いた上で、今で言えば文部科学相が人間国宝を指名することは、魯山人も知らぬわけではなかっただろう。

 理由はどうあれ、彼は賞や栄誉とは無縁だった。芸術家は作品によって評価されるのが本筋だ。彼の死後、名声はますます高い。栄誉を拒否するのが偉いわけではないが、賞や称号、新聞の死亡記事の大小によっては芸術家の価値は決まらないことを、身をもって示した生涯だった。