「暁の鐘がかんかん鳴りわたると、西島は…
「暁の鐘がかんかん鳴りわたると、西島は本堂に出て寺僧達の勤行に侍した。寺僧等は、本尊の大師像にたいして、毎暁看経礼拝を行ふ。西島は密教の儀軌といふものに、初めて接した」。
作家・中山義秀の小説「高野詣」の一節で、主人公が高野山の宿坊、三宝院に滞在した時の朝の様子。作者が取材した頃は、案内所で出身地ゆかりの宿坊寺院に案内されるシステムになっていた。
季節は夏のことだが、「老杉、高野槇などの巨樹に蔽はれた山上の台地は、山房の奥にひきこもってゐると閑寂をきはめてゐる」と描いている。今年はこの閑寂をきわめた聖地も特別の賑わいぶりだ。
弘法大師空海が高野山に修行道場を開いてから1200年目を迎え、「開創1200年記念大法会」が今月2日から5月21日まで行われているからだ。初日に営まれたのは中門の落慶法要。
中門は天保14(1843)年の大火で焼失し、礎石しか残っていなかったが、その場所に記念事業として再建。鎌倉時代の楼門形式を再現した檜皮葺(ひわだぶき)の屋根を持つ二層建てだ。この日、白鵬と日馬富士の両横綱による土俵入りが奉納された。
期間中、金堂御本尊特別開帳、金剛峯寺持仏間御本尊開帳、高野山霊宝館特別公開などイベントも盛りだくさん。高野山では寺院と民家が共存している。聖が俗を包摂し俗の聖化を図るという。これが娑婆即浄土(しゃばそくじょうど)となる密教の特徴でもある。