「沫雪(あわゆき)のほどろほどろに降り…


 「沫雪(あわゆき)のほどろほどろに降り頻(し)けば平城(なら)の京(みやこ)し思ほゆるかも」。『万葉集』(1639番)の大伴旅人の歌。「沫雪」は「淡雪」のことだから、降ってもすぐ溶けてしまうような雪だ。「ほどろほどろ」はまだらに降るという意味で、その特徴をよく示している。

 淡雪の降っているのを見ると、奈良の都が懐かしく思い出される、という歌だ。雪は遠くのものへのあこがれ心をそそる、と山本健吉は指摘する(『萬葉百歌』中公新書)。

 旅人は大宰府の長官として九州の地にあって、生まれ育った奈良の都を思っている。60代前半頃の作とされる。その後間もなく、無事に都へ帰って亡くなった。

 雪を見て望郷の念にかられる、というだけの歌だから、素朴だと言える。『万葉集』だからこの程度でもよかったので、100年以上後の『古今集』の時代になると、こんな単純な作品は採用されにくくなる。

 『古今集』の作者らも「昔はこれほど素朴な歌でよかったのか!?」と思ったことだろう。芸術家は、単なる「古さ」をそのまま継承することを本能的に嫌う。21世紀の今、この種の歌が高く評価される可能性はほとんどない。

 旅人の歌が作られたのは1300年前。それでも、現代の読者にも新鮮な印象を与える。今作れば凡庸と受け止められるはずなのに、1000年を超えて生き残った作品となると認められる。不思議な話だが、事実はその通りなのだ。