70代後半になってから、自分の病気について…
70代後半になってから、自分の病気について語ることが多くなった、と作家で日本芸術院長の黒井千次氏が書いている(『老いの味わい』中公新書)。
病気のことを話題にする時には話者の熱意がこもっているのが感じられる、とも言う。自分自身がそうだというだけでなく、周囲の高齢者の多くがこうした傾向を持つもののようだ。
相手が熱心に聞いてくれるという面もあるが、それだけではない。我が身を振り返ってみると、話したくてたまらない欲求に駆り立てられているように思われる。
自分の病気のことを語るのは、一種の「快感」になっていると黒井氏は言う。絶望的な病気の場合は別だが、生死に直結しないものに関しては、話したい気持ちは避け難い。
『徒然草』の一節のような言葉だが、よく考えてみれば、ある程度の年齢に達した人間の場合、自身の病気について熱心に語るのは、ごく自然のことだ。こうした当たり前の現象が、なぜか意外に話題にならない。
そもそも「老い」自体がスリリングなものだ。誰にとっても、自身の「老い」は初めてのことだ。その意味では、赤ちゃんが成長する中で出合う体験と変わらない。「老い」が「高齢化問題」であることは確かだが、そうした問題を超えた深みと広がりを持つ。病気という本来ネガティブなテーマを面白がって語ることの快感は、どこか屈折した人間の傾向性を物語っているようだ。