空が高く澄み渡り、気持ちのいい風が吹いて…


 空が高く澄み渡り、気持ちのいい風が吹いている。一方、東京・荒川の土手を歩くと、秋口に一斉に咲いた彼岸花の鮮やかさは既になく、野花もくすみ始め晩秋の気配も。

 私事で恐縮だが、心筋梗塞で入院した64歳の知人の見舞いに一昨日行ってきた。先月下旬、調子が悪くなり30分ほどタクシーを飛ばして病院に駆け付けた。途中でよく倒れなかったものだと医者が驚いていたそうで、簡単な症状ではなかった。

 急きょカテーテルの治療をしたが十分でなく、4日間集中治療室にいてバイパスの手術待ちの状態だという。ふだん病気知らずの男だけに、面やつれが病状による打撃の大きさを物語っていた。

 安岡章太郎に「夜半の波音」という自伝的短編小説がある。「外で少し酒を飲んで帰ると、夜中に必ず眼がさめる。すると、思い出したくもない様々のことが頭に浮かんで、魑魅魍魎(ちみもうりょう)に襲われた気分になり、寝ていられなくなる」と始まる。

 そしてその魑魅魍魎のムシは何か、と思案し、父母特に父親についてしみじみ語り出す。小説の「私」は55歳で老境にはまだ間があるが、1976年の作で今とは時代の違いがある。

 人には人生の上り坂では見えなかったのに峰を越えると突如、見え始める風景がある。「オレの人生はなんだったか」という思いがその先にある。安岡のように自分と同年齢時の父親の心境を忖度(そんたく)し、自分の今後を照射することも多くなる。