「柔よく剛を制す」という。「しなやかな…
「柔よく剛を制す」という。「しなやかなものは弱そうに見えても、かたいものの矛先をうまくそらして、結局は勝つことになる」(故事ことわざ辞典)。
たった薄膜1枚の移植で古来からの眼の難病を封じ込める。こんな「技あり一本」の手術にもこのことわざを捧げたい――今回、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)などのチームがiPS細胞から作った網膜の細胞を移植する世界初の手術を行い成功した。
手術では右目の異常な血管と、血管が生えて傷んだ色素上皮を除去。患者本人の皮膚から作ったiPS細胞を色素上皮の細胞に変え、1辺が1・3㍉、もう1辺が3㍉の長方形のシート状にしたものを代わりに移植した。
今後4年ほどの観察がいるが、再生医療研究は新たな段階に入った。明治25年、火傷で癒着した左手こぶしの手術を受けたのは清作少年こと野口英世。手掛けたのは地方の一医師で移植医療はここまで進歩していた。
冷戦下の1990年、旧ソ連サハリン州から大火傷を負ったコンスタンチン君(当時3歳)をYS11で輸送し、札幌の病院で手術に成功。そのニュースは世界に配信された。日本の皮膚培養や移植には伝統があり再生技術も世界的レベルだ。
ヒトの皮膚からの人工多能性幹(iPS)細胞も、その蓄積された知見の中から生まれたと言われる。今後の研究戦略の確立、それに基づく環境整備を促したい。