「住む方の秋の夜遠き火影かな」(蕪村)。…
「住む方の秋の夜遠き火影かな」(蕪村)。蒸し暑いと思っていたのが、はるか昔のように感じる今日この頃。朝夕は少し冷え冷えとし、着慣れていた半袖では肌寒さが残るほど。もう秋と言っていい。
虫の声を聞くと、いっそうその気配がある。ついこの間までは、うるさいぐらいにセミの声がしていたが、今ではほとんどしない。かと言って、スズムシなど秋の虫はまだ少し遠慮気味で、家の周辺や公園などで細々と聞かれるぐらいだ。
これが本格的な秋になれば、辺り一面で虫たちが合唱するようになる。虫の声の変化に季節の変化を重ね合わせるのは、日本人の伝統的な季節感と言っていい。
虫も草花も季節とともに移り変わっていく。とりわけ日本は季節の変化に富んでおり、そのあたりが日本人の美的感覚を育んできた。季節は少しずつ移っていくようで、秋の日のつるべ落としのようにすぐに変わってしまう印象がある。
「うれしくて何か悲しや虫しぐれ」(星野立子)。虫の声自体は物理的なものだが、それに情緒を感じるのは日本人ゆえのもの。虫の声をうれしいとも悲しいとも感じるのは、外国人には理解できない面であるらしい。
秋は実りの季節であると同時に、冬に向かう入り口でもある。これに日本人は人間の成熟や死、仏教的な無常観などを重ねてしまうのである。その時の心の姿勢によって変わるのだが、それもまた悪くない気がする。