俳誌「秋」名誉主宰の文挟夫佐恵さんが…


 俳誌「秋」名誉主宰の文挟(ふばさみ)夫佐恵(ふさえ)さんが亡くなった。100歳である。2013年に句集『白駒(はくく)』で第47回蛇笏賞を受賞した時は99歳で、最高齢の受賞。最晩年まで句を作り、名作が多く、周囲の俳人たちを驚かせた。

 「天降り来し天衣をまとふ白牡丹」。『白駒』に収録された作品だ。大輪のボタンは豊麗で気品がある。白いその花を見ていたら、天から降りてきた天の衣をまとっているように感じられたという。

 老いの不思議な境地を詠んでいる。世を去る日が遠くないことを感じ始めたのは80代に入って。1997年に刊行した句集『時の彼方』のあとがきで「時の彼方に赴く日も、そう遠くないであろう」と記した。

 が、その9年後、2006年にも句集『青愛鷹(あをあしたか)』を上梓(じょうし)。句集名は富士山の前景、愛鷹山から付けられた。静岡県の沼津・三島あたりから眺めた景色だ。その地の自然が原風景のように心に残っているという。

 気候は温暖で、生活がしやすく、太古から人が住み着いていた。「青愛鷹霞み原人忽と消ゆ」「緑濃く愛鷹山(あしたか)老いず人は老い」と詠んだ。詩情が豊かで、ありのままの気持ちを述べている。

 文挟さんは1944年飯田蛇笏の「雲母」に入会。61年石原八束らとともに「秋」を創刊。「秋」は詩人・三好達治の指導による文章会の発表の場でもあった。98年石原の逝去で「秋」主宰となり8年間務めた。小紙には俳句や随筆で登場してくれた。