雁屋哲氏原作の漫画「美味(おい)しんぼ」の…


 雁屋哲氏原作の漫画「美味(おい)しんぼ」の原発事故による健康影響の描写をめぐる騒動は、作者の極端な反原発の姿勢に加え、発表誌編集部の曖昧な対応もあって混乱が続いている。

 もともと漫画は、小説と同様フィクションであって、ありもしない話を楽しむものだ。だが今回は、原発問題に関して特定の立場に立つ作者が、実在の人物を描いて根拠不明のメッセージを伝えようとしたことがフィクションの範囲を大きく逸脱する結果となった。

 どれほど偏ったものであれ、主張は主張として論文のような形で表現すればよかったのだが、なぜか作者は、事実と虚構を意図的に混同する手法を採った。

 似たような話が作家の松本清張(1992年没)にもあった。清張は下山事件(49年)を扱った作品の中で、米軍が真犯人だとした。体裁はノンフィクションで、読者の多くは清張なりの事実についての判断と受け止めた。

 が、歴史学者秦郁彦氏の『昭和史の謎を追う』という本によると、その作品の中で清張自身が「推理小説的推定」と記していた。米軍による下山国鉄総裁殺害説は、清張の推理によるものだった。

 清張における史実と虚構の間の曖昧さは、昨今のテレビ番組で報道か娯楽かよく分からないケースが多くなっていることを半世紀以上も前に先取りしている。「実はフィクションでした」という逃げの無責任さは、見過ごされていいはずがない。