「一口に吾妻山と呼んでも、これほど茫漠…


 「一口に吾妻山と呼んでも、これほど茫漠としてつかみどころのない山もあるまい。福島と山形の両県にまたがる大きな山群で、人はよく吾妻山に行ってきたというが、それは大ていこの山群のほんの一部に過ぎない」 。

 作家・深田久弥の名著『日本百名山』に収められた「吾妻山」の書き出しである。しかし、もし著者が、修験道関係の資料に目を通していたとすれば、書き方はかなり違ったはずだ 。

 吾妻(あづま)連峰の信仰の中心は中吾妻山にある吾妻山大権現。登山路は南側からのが4本。東側からのが1本。すべて吾妻山大権現を目指していた。山形県側には修験者の登山路はなかった 。

 こうした山と登山路の関係が一変したのは、1959年の磐梯吾妻スカイラインの開通による。これによって東の福島市側が表玄関のようになった。そして新たな登山基地は浄土平。麓にはいくつも温泉地がある 。

 雪のために冬季閉鎖していたスカイラインが先週、約5カ月ぶりに開通した。「雪の回廊」は、道路を管理する県北建設事務所によると、高さが3㍍から4㍍で平年並み。ここはまだ冬だ 。

 一方、福島市から眺めると、残雪がウサギの形に見える「雪ウサギ」が吾妻小富士に現れ、今年はさらにその左に「子ウサギ」もいて、地元で話題を呼んでいる。春を告げるシンボルで、昔は農民が種まきを始める目安にしたようだが、今は気象予報技術の発達でその役割は小さくなった。