「堅香子(かたかご)をうましうましと…
「堅香子(かたかご)をうましうましと食(た)うぶる人(ひと)一千余年のいにしへ思へ」(中根三枝子)。作者は万葉植物歌の研究者で、長い歳月、万葉集に登場する植物を追い続けてきた。冒頭の歌に出てくる堅香子はカタクリのこと。
サクラと時期を同じくして、各地で群生カタクリ開花のニュースが伝えられている。埼玉県入間市の牛沢自生地でも1万株が満開で、開花期間の土日だけ、臨時駐車場が設けられる。
今ではレッドリストに指定している自治体も多く、うましと食べてしまうわけにはいかない。しかし、昔の日本人は球根からでんぷんを取り、葉もお浸し、天ぷら、汁の実など山菜料理に用いてきた。
中根さんは歌集『蘇れ 万葉植物』の中で、花に出会った喜びから花が散るまで、カタクリの歌を連作していて、こんな歌もある。「公達(きんだち)の思ひほのぼの汲みまがふ八十少女(やそをとめ)らのさざめきの声」。
これは、大伴家持の越中秀吟といわれる代表作の一つ「もののふの八十少女らが汲みまがふ寺井の上の堅香子の花」を踏まえた歌。家持の歌の一部分を取り出して、さらに詳しく描写している。
中根さんは、水を汲む少女らの風景も、井のほとりのカタクリの群落も、家持がしばしば見かけた実景、と考えたいという。清楚(せいそ)な少女らの美しさとカタクリの愛らしさとが出会って詩を構成している。だが今では、こんな生活の身近なところにカタクリは咲いていない。