過大評価された坂本龍馬


「坂本龍馬は過大評価されてきたのでは?」というテーマで、NHK総合の「歴史探偵」が放送された(10月13日)。幕末維新史最大の功労者と言われてきたのは長らく西郷隆盛だったが、司馬遼太郎著『竜馬がゆく』(1962~66年に産経新聞連載)以来、龍馬に変わった。それから約60年、龍馬人気が続いた。

坂本龍馬の銅像

だが研究が進むにつれ、彼の功績はそれほど大きくないことが分かってきた。フィクションから史実へという流れの結果、龍馬への評価が下がってきたということのようだ。

龍馬の功績とされる薩長同盟も、彼が主導者だったのではなく、立会人程度だった。大政奉還の基礎となった「船中八策」も、フィクションの部分が大きいことが分かった。

龍馬は、他人のアイデアを組み合わせて提示するプロデューサー的才能が大きい人物だった。それはそれですごいことなのだが、言われてきたほどに大きな業績があったとは言い難い。

大政奉還と王政復古の中間点の1867年11月15日に京都見廻組によって暗殺されたのだから、重要人物だったことは確かだ。それでも、幕末維新史最大の功労者というほどのものとは言えない。

では、龍馬に代わる最大功労者を一人と言われれば、大久保利通の名前が浮かぶ。西郷よりも龍馬よりも地味で人気のないこの人物はもっと評価されてよい。藤原不比等、北条義時、徳川家康といった「不人気」の歴史的人物の系譜を考えてみるのも面白い。