「紙碑」という言葉がある。この言葉は、…


 「紙碑」という言葉がある。この言葉は、動物文学者として知られ、数多くの名作を生んだ作家の故戸川幸夫さんの本で知った。戦場で亡くなった戦友のことを書きつづっている理由について述べた文章にあったと記憶している。

 かつての戦場へ慰霊に行く代わりに、紙にその事績や思い出を書くことによって、碑を建てるような慰霊の気持ちを込めているといった趣旨だった。読んだ時、なるほどと腑(ふ)に落ちる気がした。生前のことを書き残すことは、その人の生きていた証しを後世に伝えることでもある。

 戦争の記憶は時とともに薄れていく。亡くなった人々のことを語り伝えていくことの意味は、そこにあるのかもしれない。かつて気流子は、第2次世界大戦で戦場におもむいた特攻隊の人々の取材をしたことがある。

 遺書や遺族の話を読んだり聞いたりする中で感じたことは、その言葉の節々には魂が息づいているということだった。人が死んでいくに当たっての言葉は、その人の人生の覚悟そのものと言っていい。

 遺書の背後にある心の声を感じることも多かった。その声はさまざまだったが、基本的には故郷の家族のこと、そして国を思う心があふれていた。それらが声無き声として、後世の人々へのメッセージになったことは間違いない。

 きょうは76周年を迎える終戦記念日である。戦後生まれの気流子だが、この一文を黙祷(もくとう)の「紙碑」としてここに立てておく。