「冬枯れの後に、若芽はふき、雪崩の後に空は…
「冬枯れの後に、若芽はふき、雪崩の後に空は澄む」。終戦の夏、暑さとは裏腹に心は凍っていた。が、未来は拓ける。大正、昭和期のキリスト教社会運動家、賀川豊彦はそう念じ、新たな復興運動を決意した。今年の夏はこの人を想う。
神戸のスラム街に住み、貧民救済を目指し生協、労組、共済などを興し「協同組合の父」と呼ばれた賀川は、戦後の先駆けだった。だが、大いなる憂いがあった。それは言論の自由を得て跋扈(ばっこ)する共産主義だ。
「私は彼らが貧乏人を助けようとするのには賛成する。けれども唯物主義を唱えるあまり、精神主義に反対し、道徳を否定する態度に出ていることには絶対に組みすることが出来ない。いくら金が出来ても、唯物主義により性欲的に堕落すれば、ついには滅びてしまう」(『賀川豊彦全集4』キリスト新聞社)。
彼には苦い経験があった。富裕な家庭に生まれたが、兄が性欲に負けて失敗し家は潰れた。「道徳的に堕落すれば全く駄目であることをつくづく感じた」。それでキリスト者となった。ところが、共産主義は「男女は自由に関係すべき」と唱えていた。
これは容認できない。「キリストが教えた純潔と一夫一婦こそ真理の道」と訴え、「唯物的に考えて、でたらめな生活を送ることは、次の時代の問題を解決しない」と警鐘を鳴らした。
その次の時代の76年目の夏。ノーベル平和賞候補にもなった賀川は今日の世情をどう憂えるだろうか。