「いいんです、あたし、年取らないことに…


 「いいんです、あたし、年取らないことに決めていますから」――。小津安二郎監督『東京物語』で、尾道から上京した義理の両親(笠智衆・東山千栄子)を実の子以上に親身に世話する紀子(原節子)の言葉である。

 紀子の夫は戦死した。いつまでも再婚しないでいるので、義母は「ええ人があったら、あんた、いつでも気兼ねなしにお嫁に行ってつかわさいよ」という。それに対する返答だ。

 「年取らないことに決めている」とは、どういうことか。紀子にとっては、亡き夫と暮らした幸せな頃で時が止まっているのだ。その思い出を抱いて生きるということだろう。

 東日本大震災から明日で10年。NHKのクローズアップ現代+「追体験 語り部バスの10年」(3月2日放送)を見て、このセリフを思い出した。宮城県南三陸町の防災対策庁舎では、職員ら43人が津波の犠牲となった。当時24歳の遠藤未希さんと共に最後まで防災無線で避難を呼び掛けた上司の三浦毅さん(当時51歳)は今も行方不明のままだ。

 妻ひろみさんは言う。「そこにまだ、夫の魂だけは残っているんじゃないかと。最後まで避難を呼び掛けていた思いが、まだそこにあるんじゃないかと。ひと目だけでも、ひと言だけでも話したい。10年って区切りの年のように皆さんおっしゃいますけれども、区切りというのはなくて、ずっとあの日のままなんです」。

 10年という物理的な時間とは別の心の時間を思わずにはいられない。