「3密(密閉・密集・密接)こそ音楽の母体」…


 「3密(密閉・密集・密接)こそ音楽の母体」と言われる(岡田暁生(あけお)著『音楽の危機』中公新書近刊)。洞穴の中で恐怖に震えながら身を寄せるしかなかった時代の記憶だ。

 芸術の中でも文学や美術は、音楽とは違う。特に文学は、一人で読むのが普通だ。美術も美術館で現物を見るとしても、1枚の画に大勢が群がって熱狂することはない。

 東京・上野でレオナルド・ダビンチの「モナリザ」を見たことはあるが、秒単位の時間でその場を離れなければならなかったので「密」は免れた。音楽が「密」を前提としていることは確かだ。

 さらに音楽は、劇場やパチンコ、ゲームセンター、性風俗と一緒にされ、休業が求められた。芸術もスポーツももともとは宗教儀礼だった。パチンコが古代にあったはずもないが、祭りには賭け事と性愛は付き物だった。音楽とパチンコが一緒にされるのは自然な話だった。

 『音楽の危機』という表題が示すように、音楽が苦しい状況に置かれていることがこの本から伝わってくる。2020年はベートーベン生誕250年の節目だった。だが「第9」は合唱を含む大掛かりな作品だけに、年末の演奏会の多くが中止になるだろうと著者は予測する。

 音楽が滅びるはずはないが、一定期間内のこととはいえ、大きな変容を迫られることは確かだ。「コロナ禍でなければ、音楽の行く末について考えることはなかった」と著者(音楽史)が述懐する気持ちがよく分かる。