柳田国男著『遠野物語』(30話)に「3尺の…
柳田国男著『遠野物語』(30話)に「3尺の草履」の話が載っている。ある日早池峰(はやちね)山に登った村の男が、大いびきをかいて寝ている大男を発見した。男の近くには大きな草履が脱ぎ捨ててあって、大きさは3尺ほどもあった。
1尺は約30㌢だから、3尺は1㍍近い。大男はいるが、いくら何でも1㍍の草履をはいている人間はいない。村の男は自分の目撃談を面白くするために話を盛ったのだろう、とある時期までは思っていた。
話を大げさに伝えるのは人間の常だから、この話もそんな類いのものだったのだろうと普通に考えたわけだ。
しかし『遠野物語』の16年後に書かれた柳田の『山の人生』(28話)を読むと、大きな草履の話は人間の誇張癖で説明すべきではなく、山中で男が出会った「幻覚」と見るべきだとなっている。
世間が考えがちな誇張説でなく、実は幻覚という趣旨は明快なのだが、なぜ幻覚だったと言えるのかという点については、柳田は言及していない。無論、柳田の解釈が全て正しいというわけでもない。誇張説があってもいい。半面、「山の怪異」にあれほど強い関心を寄せた柳田の説である以上は、簡単に否定できるものでもない。
3尺の草履の幻覚説について、どんな種類の幻覚だったのかなど、詳しい説明を聞きたかった。柳田が亡くなったのは1962年で、60年近くも前のこと。彼の出世作である『遠野物語』が自費出版されたのは、110年前のことだ。