「東風(こち)吹かば匂(にほ)ひおこせよ…


 「東風(こち)吹かば匂(にほ)ひおこせよ梅の花主(あるじ)なしとて春を忘るな」(菅原道真)。春の風の中で、よく知られているのが東風。平安時代の学者・菅原道真が、大宰府に左遷される時に愛(め)でていた庭の梅の木に呼び掛けた和歌である。

 春の受験シーズンには、学問の神様である道真が祭られた神社を受験生が合格祈願で訪ねる。俳句の歳時記によれば「東風」は「春になって東から吹く風をいう。春吹く風ではあるがまだやや寒い感じがある」(稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』)。

 「噴水や東風の強さにたちなほり」(中村汀女)。風のまだ冷たい中で咲く梅の花との取り合わせが、いかにも春の気配を感じさせる。梅の花は中国渡来で、ハイカラな花として万葉歌人らに愛された。

 そういえば、元号の令和も『万葉集』の梅の花を詠んだ歌の序文からきている。漢籍に通じていた道真が「東風」に「梅」をイメージしたのは自然な発想だろう。道真は家柄ではなく学問の力によって位人臣を極めたので、受験の神様として祭られるのも不思議ではない。

 受験のルーツの一つが、中国の官吏登用試験の「科挙」であることは確か。大学に入って幅広い知識を学び、社会に出て有用な人材となり政治に参画する。

 もはやそのような道筋も薄れてしまったのかもしれないが、どの大学に入るかがその後の人生を少なからず左右することがある。新型コロナウイルスの感染拡大が、受験生の心を揺さぶっていることは間違いない。