文豪・泉鏡花は病的なまでに黴菌(ばいきん)…


 文豪・泉鏡花は病的なまでに黴菌(ばいきん)への恐怖心を抱いていた。若いころに赤痢に罹(かか)ったことが理由で、逸話がたくさん残っている。

 鏡花は煙管で煙草を吸ったが、紙のキャップを作らせ、一口吸い終わるたびに、それを吸い口に素早く被せていたという。東京・麹町の鏡花の家を訪れた研究者の村松定孝が目撃、報告している。

 ほかにも、金属製のケースにアルコールに浸した綿を入れ、何かあるとこれで指を拭いていた。酒はぐらぐら煮立てて飲み、これを泉燗と言った。座って挨拶(あいさつ)する時も、掌を畳につけず手の甲をつけたなど。

 美と幻想の綾なす鏡花ワールドを創り上げた天才肌の作家だから、幾分変人で偏執狂的なところがあるのは当然かもしれないと思っていた。しかし、鏡花の黴菌恐怖症を一笑に付すわけにはいかない状態に、われわれはいま立ち至っているのではないか。

 新型コロナウイルスの感染が広がっている。まだ「流行」にまで至っていないというのが厚生労働省の見方だが、発症しなくても感染しているケースがあるなど厄介で、なおかつ不透明な部分も多い。中国の国家衛生健康委員会が「エアロゾル感染」の可能性があるとしたことも気になる。

 いずれにしても、流行に至るかその前で抑え込めるか今が正念場。政府がイベントの中止検討などを呼び掛けたのも当然だ。鏡花ほど神経質にならずとも、こまめな手洗いなど感染防止への努力が一人一人に求められている。