「地下鉄を出て冬の日の既になし」(佐藤漾人)…


 「地下鉄を出て冬の日の既になし」(佐藤漾人)。会社で仕事をしていて、いつの間にか暗くなっていることに気付く。もうそんな時間なのかと時計を見ると、まだ帰社時間ではない。それだけ日が差す時間が短くなったのである。

 きょうから12月。一年の終わりの月だが、まだそんな気持ちになれない。今年は天皇陛下の御代替わりがあって、平成の気分が残っているせいか、令和にまだなじんでいないのか、少し平年と違った感慨がある。

 俳句の12月の季語に「短日」がある。稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』によれば「冬の日の短いのをいう。冬に入るとしだいに日が短くなり、やがて冬至に至る。あわただしく日が暮れると、人の暮しもそれに追いかけられるように、気ぜわしくなる」とある。まさに実感する。

 自然の現象だが、人間の一生に例えれば老境ということになろうか。木々の落葉もあり、すべてのものが冬に向かう。日が短くなってくるという感覚は、高齢者には少しばかり身に染みるものがある。

 そろそろ来年の年賀はがきの準備をと思っていたら、知人から親の訃報を伝えるはがきが来た。新年のあいさつの欠礼とこれまでの交流のお礼が書いてある。すっかり忘れていたが、そういえばそういうこともあったなと思い出す。

 仕事を終えて会社を出て、地下鉄の駅に向かう。海に近い暗い空には、飛行機の爆音ばかり聞こえてくる。年の瀬という言葉が改めて実感される。