実態覆い隠す北の微笑み攻勢

米コラムニスト マーク・ティーセン

代表の機嫌取るメディア
残虐な処刑や強制収容所

マーク・ティーセン

 平昌五輪で北朝鮮代表の機嫌を取るメディアを見て、私の昔のボス、ラムズフェルド国防長官(当時)が、執務室のテーブルのガラスの下に入れていた写真を思い出す。夜の朝鮮半島の衛星写真だ。下は明るく輝く、自由と民主主義の韓国、北は真っ暗で、平壌に小さな光の点があるだけ。ラムズフェルド氏ならこう言うだろう。この二つの国は、同じ民族、同じ天然資源を持つ。しかし、一方は、自由と新しいものを求める意欲の光で輝き、一方は、国民は惨めな生活をし、暗闇に覆われている。

 この暗闇を心に焼き付けて、2週間にわたる北朝鮮の微笑み攻勢を注視したい。金正恩氏の妹・与正氏は「北朝鮮のイバンカ」ではない。朝鮮労働党の宣伝扇動部第1副部長であり、地球上で最も残虐で抑圧的な独裁体制の幹部だ。一人の脱北者が昨年、ワシントン・ポスト紙に「まるで宗教のようだ。生まれた時から、金ファミリーのことを学び、神々だと教えられる。絶対に服従しなければならないと教えられる」と話した。

 ◇100万人が餓死

 金ファミリーへの忠誠心がないと分かると、北朝鮮の秘密警察、保衛省の役人が夜間に訪ねてきて、犯罪者として一生、強制収容所に入れられ、親族の3世代までが同様の罰を受ける。北朝鮮の「再教育」収容所は、北朝鮮人権委員会によって最近、衛星写真から場所を特定され、世界で最も大規模なものだ。3世代にわたる金ファミリーの支配下で、何百万人とは言わないまでも、何十万人の人々が収容所に送られ、そこで死亡した。想像もできないほどの残虐な拷問を受け、火の上にフックで吊るされたり、妊婦を木に縛り付け、腹を切って胎児を取り出すこともあったという。

 しかし、これらの収容所は、大きな刑務所の中の一部にすぎない。国全体が巨大な収容所だからだ。栄養不足のため、北朝鮮の人々は、韓国よりも3センチほど身長が低い。経済政策の失敗のため、道路の97%は未舗装だ。アメリカン・エンタープライズ研究所の同僚、ニコラス・エバースタット氏によると、最大で100万人が、ソ連崩壊後の飢饉(ききん)によって餓死した。同氏は「都市化され、発達した社会で、平時に大量の餓死者が出たのは、歴史上これが初めてだ」と指摘した。国民が飢える一方で、政権は核ミサイルを救世主のようにあがめ、国内の資源を、米国の都市に到達し、破壊できる核ミサイルの開発に投入している。

 ◇対空砲で処刑

 エリートですら安全ではない。教育担当副首相が公的行事での態度が悪かったとして処刑された。玄永哲・人民武力相は、パレードで居眠りをしたとして対空砲で処刑された。北朝鮮の応援団が、どうしてあそこまで一糸乱れぬ見事な応援をしているのか不思議に思われるかもしれないが、それは、11人の楽団員が、1万人の観衆の目の前で対空砲で一人ずつ処刑されるのを見たからかもしれない。観衆の一人は「楽団員らは、対空砲が発射されるたびに、目の前から消えた。体が粉々に砕け散り、跡形もなくなり、血と小さな肉片が辺り一面に飛び散った。その後、戦車が入れられ、粉々の遺体の上を走った」と証言している。

 金与正氏は、そのような残虐な体制の代表だ。しかし、この残酷な現実にもかかわらず、メディアは、北朝鮮の代表団の機嫌をうかがってばかりだ。ロイター通信は、金与正氏は「外交の金メダリスト」と断言した。CNNは、「微笑み、握手、韓国大統領のゲストブックでの温かいメッセージ。金与正氏は、大衆の共感を呼んだ」と金メダルの理由をまくし立てた。NBCでさえ、北朝鮮応援団の写真を「素晴らしい光景」というタイトルでツイッターに投稿した。正気なのだろうか。NBCは、2005年に21人の応援団が、韓国で見たことを口外したとして収容所に送られたときは、取り上げもしなかった。

 五輪を、北朝鮮の体制を受け入れる場としてはならない。北朝鮮は、米国を核で破壊すると威嚇できる能力を獲得しようとしている。五輪を、残虐な支配を続ける金体制下の現実を、多くの人々に知らせる好機とすべきだ。

(2月16日)