「世界宗教」の勢力図が変わる時
世界はイスラム教スンニ派過激武装組織「イスラム国」の蛮行に直面し、その対応に苦慮している。国際社会は、古代アッシリア帝国のニムルド遺跡を破壊し、異教徒を殺害続ける「イスラム国」の狂気に恐れを感じている。その蛮行の原動力がどこから起因するのか理解できないからだ。
ところで、世界各地で勢力を広げるイスラム教が2050年にはキリスト教とその教勢でほぼ並ぶことがこのほど明らかになった。米国のシンクタンク「 Pew-Research-Center 」が2日公表した「世界宗教の未来」に関する研究報告によれば、50年にはイスラム教徒数が約27億6000万人と急増し、キリスト教徒の29億2000万人に急接近してくるという。具体的には、世界人口に占めるイスラム教徒の割合は23・2%から50年には29・7%と拡大する(キリスト教31・4%と変わらない)というのだ。同報告によれば、他の宗教も少しは増加するが、仏教だけは2010年の維持にとどまり、世界人口比では縮小(5・2%)するという。
興味深い点はどの宗教にも所属しない無宗教者(無神論者や不可知論者)の数(12億3000万人)も仏教徒と同様、ほぼ現状維持だが、世界人口に占める割合は15年の16・4%から50年には13・2%に縮小することだ。科学技術文明が花咲くと予想されている21世紀は「科学の世紀」とはならず、逆に宗教人口が増えていくことが予想されるのだ。
仏人気作家ミシェル・ウエルベック( Michel Houellebecq )氏が最新小説「服従」の中で予感したように、イスラム教指導者が世界各地でこれまで以上にその影響を拡大する時代が確実に到来するだろう。ちなみに、ウエルベック氏の小説「服従」は、2022年の大統領選でイスラム系政党から出馬した大統領候補者が対立候補の極右政党「国民戦線」マリーヌ・ル・ペン氏を破って当選するというストーリーだ。フランス革命が起き、政教分離を表明してきた同国で、将来、イスラム系出身の大統領が選出されるという話だ。
問題は、イスラム教が世界最大宗教となり、イスラム教徒が世界に君臨する時、イスラム教は他の宗派と共存の道を選ぶか、それとも「イスラム国」のように、異教徒を弾圧し、殺害していくか、現時点では不明なことだ。中東地域のイラクやシリアで展開されている少数宗派キリスト信者への迫害状況をみると、世界最大の宗教となったイスラム教が後者の道を選択するシナリオは決して完全には排除できない。
宗教学者ヤン・アスマン教授は「唯一の神への信仰( Monotheismus )には潜在的な暴力性が内包されている。絶対的な唯一の神を信じる者は他の唯一神教を信じる者を容認できない。そこで暴力を行使してまでも改宗させようとする。その実例はイスラム教過激派テロだ」と指摘し、「イスラム教に見られる暴力性はその教えの非政治化が遅れているからだ」と主張する。
キリスト教は中世以降、非政治化(政治と宗教の分離)の道を歩み出したが、その代価は決して小さくなかった。キリスト教社会の世俗化が進むことで、教会はその影響力を急速に失っていった。一方、イスラム教は政教一致を掲げ、その勢力を広げてきたわけだ。そのイスラム教が人口統計学的にみて21世紀中には世界最大宗教となることはほぼ間違いない。
なお、欧州のキリスト教社会にはユーロ・イスラムと呼ばれる世俗イスラム教徒が存在する。彼らは約1400万人と推定され、イスラム教過激派に対しては一定の距離を置いている。その意味で、ユーロ・イスラムはキリスト教とイスラム教の対話の窓口となりうる、といった楽観的な意見もある。イスラム教過激派勢力がユーロ・イスラムをターゲットにオルグを始めているのは決して偶然ではない。いずれにしても、21世紀に入って、「世界宗教」の勢力図は着実に変わりつつあるのだ。
(ウィーン在住)