再生医学の未来をかけた「移植」


  朗報が届いた。網膜細胞が傷つく目の難病「加齢黄斑(おうはん)変性」を患う70歳代女性に、人工多能性幹細胞(iPS細胞)が世界で初めて移植され、これまでのところ手術後の結果は順調というのだ。読売新聞電子版の記事(13日付)には「周りが明るく見える」というタイトル付で患者のコメントが紹介されていた。

 当方は7月23日、網膜剥離で手術を受けたばかりだったので、「iPSが眼の難病患者に世界初、移植された」というニュースを自分のことのように嬉しく感じた。当方は剥離した網膜を再び網膜上皮に付着するために六フッ化硫黄ガス(SF6)というガスを注入された。手術から50日以上が経過した。網膜は今のところ付着している。神戸の患者の視力が回復し、iPS細胞の実用化に弾みをつけてくれることを願う。

 ところで、移植された患者は「網膜剥離などが起きないように、うつ伏せになって眠らなければならなかったことがしんどかった」(読売新聞)と述べている。当方も手術後、一週間余りうつ伏せを強いられたので患者の辛さは良く分かる。入院生活で最も辛かったのは手術ではなく、この「うつ伏せ」だ。当方より高齢の患者にはもっと辛かったのではないかと推測する。 

 iPS細胞の生みの親、山中伸弥・京都大教授は2012年、ノーベル生理学・医学賞を受賞した直後、「iPS細胞が早く実用化され、不治の病に悩む人々を救いたいと願っています」と語っている。再生医学は人類に大きな恩恵をもたらす潜在性を秘めているからだ。

 当方は「万能細胞が甦らせた『再生』への願い」(2014年3月14日)というコラムの中で、「再生医学が人間の世界観、人生観にも多くの影響を与える」と確信していると書いた。病に侵された細胞を再生し、病を患う前の状況に戻す、細胞の初期化を意味する。この“初期化”という概念はコンピューターの世界だけではなく、人間の生き方にも適応できると思うからだ。

 iPS細胞を含む再生医学は未来の医学だ。これまで考えられなかったことが可能となる。まさにSF世界で描かれてきた世界が現実となる日が近づいているわけだ。もちろん、そこまでいくためには多くの実験と安全の確認などの課題をクリアしなければならない。再生医学の発展に尽力を投入されている医学関係者、研究者の方々の健闘を心より祈りたいものだ。

(ウィーン在住)