反基地擁護弁護士の検問、沖縄県の慰謝料支出に合法判決

県を相手取る民事訴訟の控訴審で県民の訴え退ける

 沖縄県東村高江の米軍北部訓練場の建設現場近くで、県警による反基地擁護弁護士への検問が違法と判断され県が慰謝料を支出した問題で、県を相手取る民事訴訟の控訴審が行われたが、訴えは退けられた。原告側は判定を不服とし上告する。(沖縄支局・豊田 剛)

「治安検問が違法」はおかしい、原告は不服とし上告へ

 沖縄本島北東部に位置する東村高江の米軍北部訓練場のヘリコプター離着陸帯(ヘリパッド)建設工事現場周辺で、2016年11月、反基地活動家が反対運動を激化させていた。

反基地擁護弁護士の検問、沖縄県の慰謝料支出に合法判決

反基地運動により渋滞が生じているキャンプ・シュワブのゲート前=12日、名護市辺野古(読者提供)

 例えば、①沖縄県道70号で車両を低速走行させる②道路上に複数の車両を放置し、車両間の隙間に座り込んで道路を封鎖する③工事車両の前に飛び出したり、立ちふさがる④工事車両の下に座り込む⑤工事車両の荷台にしがみつく⑥道路上で無許可の集会やデモ――といった活動だ。

 これに対処するため、沖縄県警は県道で検問を実施していた。そこに、反基地活動を擁護する三宅俊司弁護士が警察の検問を受け、2時間以上足止めされた。同弁護士は「精神的苦痛を被った」として那覇地裁に提訴。その結果、県警による越権行為と判断され、弁護士側が勝訴。県に30万円の慰謝料を含む約32万円の賠償金の支払いを命じた。

 県側は、「頻発していた北部訓練場での工事車両に対する危険かつ違法な抗議活動を防止するための必要最小限度の適法・適切な措置」と反論。三宅氏を抗議活動の参加者と判断したため「工事を妨害するために犯罪行為に至る蓋然性は高かった」と主張したが、認められなかった。

 これを受け、県警は控訴する意向を示していた。「損害賠償請求の控訴に伴う議案提出について(案)」が起案され、筒井洋樹沖縄県警本部長、阿波連光公安委員長らの決済を受け、平成30年第2回臨時会に提出し、沖縄県議会の議決を待つだけだったが、当時の翁長知事(故人)が控訴しないことを決めてしまったため、敗訴が確定したのである。

 しかし、インターネット番組キャスターでブロガーの江崎孝氏ら複数の県民は、県が「違法に公金を支出した」とし、住民監査請求を行ったが、県監査委員に却下されてしまった。そのため、民事訴訟に踏み切ったのだ。

反基地擁護弁護士の検問、沖縄県の慰謝料支出に合法判決

記者会見で判決に不満を示す徳永信一弁護士(左)と江崎孝控訴人=12日、沖縄県庁

 一審では、原告側の徳永信一弁護士は、知事が控訴権を行使しなかったことの違法性を追及した。控訴審で福岡高裁那覇支部(大久保正道裁判長)は12日、一審判決を踏襲する形で、原告側の訴えに正当な理由がないとされ、棄却された。判決に基づいて県が支出したこと自体は不当に当たらないと判断。また、知事が議会に議案提出しても議会の議決が得られるかどうか分からないという不確実性もその理由となったのである。

 当時、翁長氏は「沖縄の米軍基地の形成過程など歴史的経緯や米軍基地の過重負担に対する県民の根強い不満があることなど、県民の思いも重く踏まえる必要がある」と前置きし、「一審判断は重く受け止めるべきである」と、控訴しない理由を説明していた。その当時は名護市長選を控えており、翁長氏が基地反対派に配慮した可能性の高いことが指摘されていた。

 翁長氏が県警本部長からの要請を断ってまで控訴しなかったことについて徳永弁護士は、「翁長さんは自分の都合に合わせていて控訴するかどうかを決めた。整合性が取れていない」とし、次のように訴えた。

 「三権分立を知事が捻じ曲げることが可能になってしまう。教育や警察など行政権を分担することが地方自治であり知事が口出ししないことが当たり前で、翁長さんによる越権行為だ」

 また、江崎氏は、「財務手続きで瑕疵(かし)がないというだけで判決を下した不当判決。これは日本の法律の欠陥をあぶりだす裁判だ」と批判。「治安維持のための検問が違法という前例により、今後日本は混乱するのではないか」と危惧を示した上で、上告すると表明した。

 2016年には、反基地活動家は車両を止める“私的検問”などの妨害活動を公然と行っていた。その被害を受けた県民はこのほど、反基地運動の主導者で沖縄平和運動センターの山城博治議長を訴えた。那覇地裁で係争中のこの裁判も徳永弁護士が担当しており、「山城氏を証言台に引っ張り出すことができればインパクトがある」と語っている。

 今でも辺野古のキャンプ・シュワブのゲート前や、土砂を搬出する名護市安和、本部町塩川地区港では連日、抗議活動が行われ、周辺道路に渋滞が生じているのだ。それにもかかわらず、玉城デニー知事は、活動家を激励することはあっても、過激な活動を抑制する言動は行っていない。