高齢化が進行する中、「老い」というテーマ…
高齢化が進行する中、「老い」というテーマの比重は高くなっているはずだが、その具体像について高齢者の側から語られるケースは意外に少ない。そんな中、黒井千次氏(作家、日本芸術院長、昭和7年生まれ)の著書『老いのゆくえ』(中公新書)が先ごろ刊行された。
具体像の一例が転倒。著者の実体験もこの本の中で生々しく語られる。軽傷で済んだのは幸いだが、時にはとんでもない事態にもなり得る。
バスでは「席を立たないで」という放送がひっきりなしに行われる。運転手の肉声と録音のアナウンスの声が重なる場合さえある。バス会社も転倒が裁判沙汰に発展することは避けたいのだろう。
著者の体験ではないが、布団につまずいて転倒して骨折したケースも紹介されている。「この世ではどんなことでも起こる」といった言葉が思い浮かぶ。
著者は運転免許を返上した。2段組みの分厚い本も処分した。残された時間の中で、大著を読み通すことは困難だろうとの思いからだ。13年ぶりにガスの器械が故障したが、そのまた13年後、自分はこの世にはいないのではないかとの思いが消えない。
老いの進行は、失敗や事故や異変を必然的に伴うものだ。その上で、それらを「恥ずかしい」とか「みっともない」とか言って退けてしまうべきではない、と著者は言う。老いに抵抗するのでも、屈服するわけでもない。現下の著者の境地というべきものがこの本全体から伝わってくる。