在韓米軍撤退もカードに 島田洋一氏

どうなる米朝首脳会談 (下)

福井県立大学教授 島田洋一氏(下)

日本にとって最大の懸念は、米朝が米本土に到達する大陸間弾道ミサイル(ICBM)の廃棄だけで合意し、日本を攻撃できる中距離弾道ミサイルの脅威が残ることだ。

島田洋一氏

 それがまさに、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障担当)が主張する「リビア方式」が、日本にとっても重要である理由だ。リビア方式は、核開発だけでなく、射程300㌔以上のミサイルと化学兵器の全廃、そしてテロの清算を含めた包括的な合意だった。

 ボルトン氏は、同盟国にとって重大な中距離ミサイルも廃棄しなければ一切制裁緩和すべきではないと主張している。米政府内でボルトン氏の意見が通るよう、日本も働き掛けていく必要がある。

 共和党内でも、ロバート・ゲーツ元国防長官を筆頭に、米国に届くミサイルさえ廃棄すれば、北朝鮮が中距離ミサイルや核兵器を20~30発保有しても構わないと主張する人がいる。そうした方向に流れるのを許さないためにも、ボルトン氏らとしっかり連携しておくことが大事だ。

米朝首脳会談が日朝交渉につながる可能性は。

 リビア方式では、カダフィ大佐が1988年のパンナム機爆破事件の責任を認めて犠牲者家族に補償金を支払った。北朝鮮に対しても、米国が核・ミサイルの廃棄を強く迫れば、北朝鮮はまず解決しやすい拉致問題で動いてくる可能性があると思う。北朝鮮が核・ミサイルを放棄するのは大変な決断だが、拉致問題は被害者を返せばいいだけの話だ。日本としてはチャンスだ。

 家族会、救う会、拉致議連の代表が4月30日から5月6日まで訪米した際、われわれは米政府に対し、安倍首相が納得する形で拉致問題を解決しない限り、米国は経済制裁を解除しないと、金正恩氏に伝えてほしいと要請した。北朝鮮が米国の圧力を感じて拉致問題を解決しなければならないと思ったら、北朝鮮の方から日朝交渉を求めてくるだろう。

トランプ氏と安倍首相の信頼関係が重要な意味を持つということか。

 そうだ。個人的に馬が合うことよりも重要なのは、あらゆるオプションがテーブルの上にあると主張するトランプ氏の立場を安倍首相が全面的に支持してきたことだ。軍事オプションも支持し、在日米軍基地を自由に使って構わないという意味だ。また安保法制ができたことで、自衛隊が米軍に協力できる幅が広がった。これらが信頼の根本になっている。

米朝首脳会談では、在韓米軍の在り方も取引(ディール)の材料になるか。

 米国では以前から、事実上、人質状態になっている在韓米地上軍は早く撤退させるべきだという意見がある。北朝鮮の攻撃で米兵が死んだら、自動的に米国の全面介入の引き金になる、だから38度線付近に米軍が駐留することが抑止力になる、これがいわゆるトリップワイヤー論だ。

 だが、ボルトン氏も在韓米軍は釜山の上陸地点だけ確保できれば、残りはすべて撤退させていいと言っている。人質である在韓米軍がいない方が、北朝鮮を攻撃しやすくなり、北朝鮮に恐怖心を与えられるとの論理だ。ボルトン氏のような最強硬派からリベラル派に至るまで、在韓米軍の撤退にはそれほど抵抗がない。

 従って、米朝首脳会談では、米国は在韓米軍撤退は大変な決断だというふりをしながら、カードとして使うことは考えられる。

中国の傀儡政権容認も

ボルトン氏は長年、北朝鮮問題を解決する最善策は南北統一だと主張してきたが。

 ボルトン氏は昨年秋ごろから南による吸収統一が難しければ、中国が金正恩体制を潰(つぶ)すのに協力するなら北朝鮮を中国の傀儡(かいらい)政権にしても構わないといった趣旨の内容を言いだしている。この主張は、米国内で広がりつつある。

 その理由は、まず韓国の文在寅政権に吸収統一の意思がないことだ。韓国にやる気がなければ、米国がなぜ率先して統一に動かないといけないのか、と思うのは当然だ。

 また、朝鮮半島の北半分を中国が取っても、そこから太平洋に出られるわけではなく、海洋国家米国としては大きな影響はない。だが、台湾を取られたら大変だ。中国が台湾の東海岸に基地を造ったら、自由に太平洋に出られるようになる。台湾は南シナ海の出口でもあり、南シナ海も中国に押さえられてしまう。

 従って、北朝鮮を取らせることで中国に大きな負担を負わせ、台湾に出てくる余裕をなくさせようとする戦略的発想もある。

ディールを結ぶことを生き甲斐(がい)にするトランプ氏の交渉スタイルをどう見る。

 トランプ氏は短期の幅で物事を見ていると思う。トランプ氏がいきなり金正恩氏との首脳会談を受け入れたことは、外交の常識に反するが、トランプ氏の経歴を見れば驚く話ではない。マンハッタンの不動産取引では、裏世界の人間と直接交渉して速やかに話を決めないといけない。そういう世界で生きてきたトランプ氏にとって、金正恩氏と一対一で話をつけようとするのはごく自然なことだ。

 トランプ氏は著書の中でも強調しているが、自分を騙(だま)した者を絶対に許さない。トランプ氏は金正恩氏に騙されたといわれるのを一番嫌がるだろう。もし米朝が何らかの合意をして、それを北朝鮮が破った場合、トランプ氏は北朝鮮にものすごい怒りを向けるだろう。

北朝鮮が核開発を進めるのは、体制存続、対米抑止力だけが目的なのか。

 北朝鮮自身の安全保障のためだけなら、核兵器を持つ必要はない。ソウルを火の海にできる通常戦力だけで抑止力はこれまで十分効いてきた。

 これに加え、なぜ核兵器を持とうとするのか。それは、在日米軍基地や米本土に対して核兵器を撃ち込める能力を誇示することで、米国が介入できない状態をつくり出し、安心して韓国に攻め込むためだ。

北朝鮮問題に対し、日本も他力本願ではいけない。

 日本も対外情報機関を設置し、軍事的にも敵基地攻撃能力を持つべきだ。

 リビア方式の時は、米国だけでなく英国とイスラエルも協力した。北朝鮮に対しては、米国だけに負担が掛かっている。だから、米国が緩んだらどうしようと日本は心配するが、イスラエルだったら自分たちで解決を試みるだろう。日本も本来そうあるべきであり、その上で米国としっかり連携していく必要がある。

(聞き手=編集委員・早川俊行)