もともと文芸批評家などは、作家に比べて…


 もともと文芸批評家などは、作家に比べて話題になることは少ない。ところが小林秀雄ばかりは、亡くなって30年たった今でも関心は高い。近刊『小林秀雄の哲学』(高橋昌一郎著、朝日新書)は、表題とは逆に、無頼派ともいうべき小林のエピソードの数々を紹介した本だ。

 東大仏文科の学生だった小林は、授業に出席しなかった。その彼が「おい、辰野、金貸せ!」と言いながら授業中の教室に乱入してきたことがあった。辰野とは、フランス文学者辰野隆(ゆたか)のことだ。

 23歳の小林が、37歳の若手教官に生活費を借りていたというエピソードだ。なお辰野は、貧乏な小林の授業料も代わって支払い続けた。借金は、だいぶ後になってから返済された。

 卒業も大変だった。卒論の口頭試験でフランス人教官からフランス語で訊ねられても、全くわからない。困った小林は、指導教官の辰野をにらみつけながら及第を要求、無事卒業できたと辰野が記している。哀願の様子が全く見られないのが印象的だ。

 小林は気に入らない仕事は断るなど、一見勝手気ままな生き方をしていたため、生活に困って骨董の売買で生計を立てていた、などという噂も立った。だが実際は明治大学教授、創元社取締役という地位にあったので、さほどの苦労はなかった。

 骨董売買の話は、彼の無頼伝説から生まれたフィクションだった。「批評の神様」は、「逸話の神様」でもあったようだ。