花開いたヘブライ文化に誇りを
被害者意識に貶めるな
ホロコーストが中心遺産ではない
【ワシントン】バーニー・サンダース氏は、大統領選で最も成功したユダヤ人候補になった。誰も気にせず、気付いてすらいないように見えるのは、この国が健全であることの数少ない事例の一つだ。一番気にしていないのはサンダース氏自身だ。アンダーソン・クーパー氏は最近の民主党討論会で、ユダヤ人であることを意図的に隠しているのかとサンダース氏に聞いた。
サンダース氏の答えは「違う」だった。「ユダヤ人であることに大きな誇りを持っている」とした上で、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)で父方の親族を失い、子供の時、近隣に住んでいた人たちが腕に入れ墨を入れられ、強制収容所にいるのを見たのを覚えていると述べた。その上で、ユダヤ人であることは「人として自分自身が何者であるかの本質的部分」と宣言した。
素晴らしい答えだ。大統領選とは無関係だが、現代アメリカのユダヤ人としてのアイデンティティーについて多くのことを示唆している。
この点について考えたい。ユダヤ教が生活の中でどのような役割を果たしているかについて、ユダヤ系米国人誰もが指摘することはほかにも幾つかある。
①実践-ユダヤ教は信仰を実践し、教義や学識によってユダヤ文化を伝えることによって生活の中に根差している。
②ティクン-ユダヤ教を社会正義の理想を預言するものとして見ること。隣り人を愛し、裸の者に着せ、神とともに歩み、剣をくわやすきに替える。典礼と実践が長い間に廃れ、これが、自由主義ユダヤ教のアイデンティティーの核となった。その中心的使命は、世界を修復することそのものにある。これを「ティクン・オラム」という。
これは、「ユダヤ人の多くが民主党に投票するのはなぜか」という長年の疑問への回答でもある。多くのユダヤ人にとって、自由主義的な社会的理想は、預言的ユダヤ信仰を最も実態的に表現したものだからだ。
サンダース氏がユダヤ人としてのアイデンティティーについて聞かれれば、答えはこのティクンを反映したものになるのは間違いないと思っていた。しかし、サンダース氏の答えは全く違っていた。
③ホロコースト-何とも奇妙な答えだ。だが、私たちには分かる。自身のアイデンティティーをホロコーストに求めるユダヤ系米国人が増えているからだ。日曜学校でのユダヤ教の勉強や大学のホロコースト研究科目など、ホロコーストへの関心が高まっている。ユダヤ組織も、若者らに欧州の強制収容所を計画的に訪問させている。
そうして作り出された記憶はずっと残る。非常に価値あるものだ。私の家系からはほとんど犠牲者は出なかったが、ホロコーストは確かに、私のユダヤ人としての意識の中に深く根付いている。心配なのはバランスだ。ユダヤ教の信仰の実践の中で、教義や学識が時とともに廃れている。私が心配するのは、ホロコーストの記憶が、米国でユダヤ教徒であることの支配的な特徴として強調されるようになることだ。
3000年の創造的な知恵の歴史を持ち、パリからパタゴニアに至るあらゆる文化と緊密な関係を通じて豊かな文化をはぐくんできた人々が、苦難の過去をこれほどまでに重視すべきだろうかと思う。現実に、何十年もの間は苦難は受けていない。
サンダース氏を非難するつもりはない。誠意があり、信頼もできる。しかし、その誠意と信頼こそが懸念の種となっている。サンダース氏は74歳だが、今後、多くのユダヤ人の若者が、サンダース氏と同じような答えをするようになるのではないかと心配なのだ。
ホロコーストの記憶と事実を生かし続ける努力を怠ってはならないのは言うまでもない。ホロコーストがさまざまな方面から攻撃を受けていることを考えればなおさらだ。私は当初、ワシントンの中心でユダヤ教に接することができる唯一の場所としてホロコースト博物館を設置することに反対したが、神聖で重要な歴史の遺産を記念する場が、地球上で最も寛容で開かれた国に設置され、その保護が託されることの重要性を見いだすようになったのはそのためだ。
それでも、バランスは取らなければならない。ホロコーストを後世に伝える遺産の中心に据えることは、米国のユダヤ人にとって悲劇だ。ユダヤ人は、奇跡の時代を生きている。ユダヤ人の国家を再建し、ヘブライ語を復活させ(人類文化史上まれな出来事だ)、ヘブライ文化はユダヤ世界全体に行きわたり、花開いている。
記憶することは大切だが、被害者意識をユダヤ人としてのアイデンティティーの基礎としてはならない。ユダヤ教には伝統的に613の戒律がある。哲学者エミール・ファッケンハイム氏が、614個目の戒律はヒトラーに死後の勝利を与えないことだと言った話はよく知られている。ユダヤのアイデンティティーを被害者意識に引き下げることは、ヒトラーにとって勝利だ。そのようなことは許されない。
(3月11日)