仏大統領 泣きっ面に蜂
元事実婚相手が回想録で批判
次期大統領選で右派に追い風
フランスのフランソワ・オランド大統領の元パートナー、バレリー・トリルベレールさんが回想録を発売し、オランド氏への批判的内容にフランス国民は衝撃を受けている。歴代最低の支持率の同大統領に追い打ちを掛けた形だ。さらに次期大統領選では、右派・国民戦線のルペン党首を有力視する声が早くも上がっている。(パリ・安倍雅信)
ジャーナリストのトリルベレールさんの回想録は極秘に執筆され、出版日まで漏れないために守秘義務を守るドイツの印刷工場で印刷された。本は3日に発売されたが5日には多くの書店で完売となるほど注目度は高かった。
出版は周到に準備され、書店も発売日直前まで知らされなかった。現役の大統領に連れ添ったパートナーの回想録は、一般国民が知り得ない大統領の素顔を知る暴露本として高い関心を集めた。フランスのメディアも発売日には週刊誌パリ・マッチや日刊紙ルモンドが内容を抜粋して掲載したこともあり、本は飛ぶように売れた。
仏週刊誌パリ・マッチの編集者だったトリルベレールさんは、オランド氏が社会党第1書記時代に、事実婚としてパートナーになった。オランド氏がフランス共和国大統領に就任した2012年からはファーストレディーとしてさまざまな公務をこなし、海外の大統領公式訪問などに同行し、13年6月には来日している。
14年1月、オランド氏が女優ジュリー・ガイエさんと不倫関係にあることが発覚し、関係を解消し、大統領府を去った。公人のプライバシーをマスコミは扱わないというフランスの暗黙のルールは破られ、大統領の不倫報道は過熱し、トリルベレールさんも強引な取材攻勢にさらされた。
今回の回想録では、その不倫発覚時の二人のやりとりなども詳細に描かれている。また、オランド氏が最高権力の座に就く時期を前後して、交際当初とは別人になり「人間味が薄れていった」とか、大統領の椅子が手に入りそうになった頃から、さまざまな人々が接近してきたことにうんざりしていたことなどが書かれている。
しかし、国民に最も大きな衝撃を与えたのは、「大統領は実際には貧しい人たちを嫌い、冗談めかして『歯なし』と呼んでいた」というくだりだった。弱者重視の社会党の第1書記まで経験し、左派の大統領として選出された人物が、貧しい人々をさげすんでいたという指摘は大きな波紋を呼んでいる。
英南西部ニューポートで4、5の両日開催された北大西洋条約機構(NATO)首脳会議に参加したオランド氏は、回想録の影響の大きさを考慮し、記者会見で言及した。同大統領は「私の生涯を懸けての闘いに対する疑いは決して受け入れられない」「最も貧しい人々と私との関係を批判することは許さない」と述べ、弱者のための政治家であることを強調した。
トリルベレールさんの回想録では、今もオランド氏から情熱のこもったメールが送られてきているとあり、別離を後悔しているのだろうとも書かれている。それもオバマ米大統領やプーチン露大統領との首脳会談の合間にもメールが送られてきたという。それが事実なら、今回の回想録はオランド氏にとっては衝撃的だったと言える。
記者会見では歴代最低の支持率に追い打ちを掛ける今回の暴露本出版で、17年まで大統領任期を全うできるのかと問われ「世論調査の結果が、私の任期に影響することはない」と述べ、任期途中で辞任する考えが全くないことを表明した。同記者会見は大統領のコミュニケーション担当首席補佐官によって準備され、事の重大さを表した。
仏国営TVフランス2に出演した政治評論家のアラン・デュアメル氏は「大統領が任期を全うするかどうかは、失業率が下がるかどうかに懸かっている。もし失業率を抑えられなければ、あらゆる事態が起き得ると言える」と指摘している。
トリルベレールさんは、貧しい家庭の出身で苦労の末にファーストレディーの地位を得た。だが、国民議会選挙で、極左の候補者を応援するなど、大統領とは異なる政治行動が目立ち話題となった。また、フランスで初めての事実婚の大統領夫人ということで、公式訪問の際に相手国で扱いに苦慮する事態もあった。
オランド大統領の最新の支持率は13%しかなく、就任以来下がり続けている。最大の原因は国民に公約として掲げた失業対策で、失業率が下がっていないだけでなく、悪化しており国民の不満は高まる一方だ。
同大統領足下のバルス仏首相率いる内閣は8月末に内閣改造を行ったばかりだ。バルス首相は、社会主義的政策を改め、企業寄りの政策に舵(かじ)を切り、景気回復による雇用創出を目指している。その一方で組閣の顔触れ、特に自由主義経済信奉者の元銀行家のマクロン氏を経済相に任命したことで、社会党内での不協和音が高まっている。
左派政権が低迷する中、2017年の次期大統領選では、右派・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首が、最有力候補として取り沙汰されている。オランド氏が今回の回想録で致命傷を負った中、ルペン党首は女性ということもあり、有力視されている。
一方、今回の回想録出版に対して、与野党を問わず、批判の声も聞かれる。一つは二人のプライベートの生活の中で話された内容には確たる証拠がないことだ。そのため事実を確認することはできず、トリルベレールさんの個人的怨念がフランスの政治を危うくしているとの批判だ。
いずれにせよ、しばらくは回想録についての賛否両論が出て、騒ぎは収まりそうにない状況だ。オランド大統領が今後、厳しい政権運営を迫られことだけは確かと言える。