司法取引、治安の全体像見据え改革を


 容疑者や被告が捜査機関に協力し、他人の犯罪事実を明らかにすれば、起訴を見送ったり、求刑を軽くしたりする。そんな「司法取引」の導入が議論されている。汚職や詐欺、薬物などの組織犯罪などで適用するというのだ。

 取り調べ可視化に対応

 こうした捜査手段は取り調べの可視化(録音・録画)や犯罪の巧妙化に対応するため、時には必要だろう。だが、刑罰の取り引きは国民の倫理観にそぐわない。再犯の防止に逆行するとの見方もある。他の捜査手段を含め、全体像を見据えて慎重に検討すべきだ。

 論議は新しい捜査・公判の在り方を検討している法制審議会(法相の諮問機関)で進められている。取り調べ可視化については裁判員裁判対象事件と検察独自事件で義務付けられる見通しだ。その際、供述が得られなくなる可能性があり、捜査の新たな「武器」として司法取引の導入が取りざたされている。

 具体的には容疑者が他人の犯罪を申告した場合に起訴を見送る「協議・合意制度」や証人に対して刑事責任を追及しないと約束した上で証言させる「刑事免責制度」などが考えられている。海外では司法取引はマネーロンダリングやマフィアなどの「組織の闇」の解明に効果を上げているという。

 だが、自分の罪を軽くするために無実の人を冤罪(えんざい)に引き込む恐れがある。刑罰を取り引きできるので贖罪(しょくざい)意識を失わせ、更生を妨げ再犯に走らせる危険性もある。導入するにしても、こうした問題が生じないよう細心の注意を払う必要がある。

 何より重要なのは、組織犯罪に対する治安当局の捜査能力の向上だ。これは可視化論議の以前から課題だった。そのために「共謀罪」の創設が求められてきたはずだ。

 2000年に国連で採択された国際組織犯罪防止条約は、組織犯罪の実効性ある取り締まりのため加盟国に「重大犯罪」に対する共謀罪の創設を義務付けた。暴力団やマフィアなどの麻薬密輸組織が国際ネットワーク化し、国境を越えた凶悪事件が多発したからだ。

 その後の国際テロ事件を受け共謀罪の必要性がますます高まっている。凶悪犯罪を未然に防ぎ、安寧な国民生活を守るために共謀罪を設け、それに対応する捜査手法を導入すべきだ。わが国が共謀罪を設けず、条約を批准していないのは遺憾だ。

 通信傍受の拡大も視野に入れる必要がある。現在は薬物、銃器犯罪、組織的殺人、集団密航の4種類に限られている。法制審議会の論議では新たに詐欺、窃盗、傷害など10種類を加え、第三者(電話会社など)の立ち合いを不要にし、検察・警察内で通信内容を聴けるようにする方向性が示された。「振り込め詐欺」などの捜査に有効だ。

 新しい捜査手法の検討を

 また架空の身分での捜査官の潜入捜査や「おとり捜査」を幅広く認め、物証をそろえる体制を作るべきだ。可視化や司法取引が世界の潮流とされるが、その前提としてこうした捜査手法が採り入れられている。治安の全体像を見据えて新しい捜査手法を検討してもらいたい。

(6月30日付社説)