窃盗仏像にやっと「返還」論

「略奪」証明に拘る韓国政府

 対馬の寺社から盗まれていった仏像を韓国が返還していない問題について、これまで「返還の必要なし」の論調が強かった韓国内で変化が起きている。

 2012年10月、対馬の観音寺から韓国人窃盗団(韓国で有罪、服役中)によって盗み出されたのは高麗時代に造られた金銅観音坐像と、海神神社の金銅如来立像(新羅時代)である。

 このうち、金銅観音坐像は高麗末期の1330年に製作され、韓国忠清南道瑞山市の浮石寺に安置されていたものが、その後何らかの事情により対馬に渡り、1520年から観音寺に保管されてきたことが日韓双方の学会で認識されてきた。

 韓国では対馬に渡った事情を「倭寇に略奪された」としているが、根拠も確証もない。だが、韓国で窃盗団が逮捕され、金銅観音坐像が明らかになると、「倭寇による略奪」という説が歴史的事実のように錯覚され、学界、仏教界を中心に「返還してはならない」という主張が吹き出し、それが国民感情となった。

 浮石寺は大田地裁に「仏像返還禁止の仮処分」を申請して、裁判所はこれを認め、「日本が仏像を正当に取得したことが裁判で確認されるまで」仏像を韓国で保管するとの判断を下した。数百年前のことをどうやって確認するのかについて、裁判所は何も示していない。

 日本政府は「国際法により、迅速な返還を要求する」(菅義偉官房長官)と求め、下村博文文科相も韓国の文化相に返還を要請したが、韓国側は「政府で適切に対応する」と答えるのみで、仮処分期限の2016年2月まで態度を保留している。

 この問題について、「月刊朝鮮」(5月号)で、金瓊任・現ミッドフィールド大大学院教授が「深層探究」の記事を書いている。金教授は韓国外交通商部文化外交局長、駐チュニジア大使などを歴任し、「クレオパトラの針―世界文化遺産略奪史」などの著書がある美術史の専門家でもある。

 金教授は、金銅観音坐像のケースで唯一適用されるのはユネスコの「文化財不法搬出入と所有権譲渡禁止と予防に関する協約」で、これは「1970年以降、盗難に遭ったり不法に搬出された文化財の返還」を規定していて、数百年前の出来事である今回の仏像は、「今日参考にできる国際法の規定や国際慣行は一つもなく、似た事例もほとんどない」と説明する。

 純粋な法理論に則れば、「明白な略奪の証拠がない限り、一応(日本に)戻して略奪問題は別途に扱わなければならない」わけで、この見解も韓国内にあると金教授は紹介している。「盗品の返還」という現時点での犯罪にかかわる司法処理と、「仏像渡来の経緯」という美術史の問題とは本来、まったく別であるということを認識する韓国人も一定程度いるわけだ。

 一時、韓国の文化財返還運動団体代表の僧侶、慧門師が「日本に返還せよ」と韓国政府に行政審判を起こしたが、却下されている。

 返還問題で韓国側が恐れれるのは、いったん日本に返してしまえば、「伝来の経緯をめぐる学問的探究の機会を逃す恐れがある」ことだ。要するに「略奪の証明」をしようとすれば、「日本側がその議論に冷淡」なために、沙汰やみになってしまうと予想するのである。

 結論的に金教授は、「この問題はひたすら両国の協議によってのみ解決することができる」とし、「学界、宗教界など民間次元の対話がかつてなく切実だ」と結ぶ。国民感情が高ぶっている問題で、公正な立場に立って言い得る結論が、つまり「対話」だということだ。

 対話をするにも、盗み取っておいて、「さあ話し合おう」といっても、できるものではない。また、いたずらに遡及法を振り回しても、これは“後出しじゃんけん”で公正ではない。

 両国関係が良好ならば、これほどこじれずに早々と解決した問題だっただろう。

 編集委員 岩崎 哲