新しい医学・医療の到来予感させるストレスやモチベーションの働き
念じるだけで症状が
脳科学者の池谷裕二さんが、週刊朝日1月7・14日号の連載「パテカトルの万脳薬」で「脳の記憶が炎症を悪化させる?」として論じている。池谷さんが小学生の時、泳ぎの苦手な児童が先生に強いられプールサイドに連れていかれると、その子の全身に真っ赤な蕁麻疹(じんましん)が走ったそうだ。
それを「『念じるだけで症状が出るなんて非科学的だ』と否定したい思いに駆られつつも、確かに目の当たりにした」と。そして「発疹は炎症反応」だが「炎症がアレルギー物質などの物理的な原因ではなく、精神的なストレスによって生じるという衝撃」を受けたという。池谷さんはその疑問をその後ずっと持ち続けていたが、この謎を解いた論文が昨年11月の「セル」誌に掲載されたというのだ。
イスラエル工科大学のロールズ博士らのネズミを用いた研究で「炎症に反応する脳部位はどこ」かを突き止めたという論文で、それは大脳皮質の中で「島皮質」という領域だ。池谷さんは「どの臓器に炎症が生じるかで、同じ島皮質のなかでも、活性化する神経細胞が異なっていました。炎症部位の『脳地図』があるのです」と解説。「脳を刺激しただけで身体に炎症が生じるのです。さらに衝撃的なことは、腹膜炎が生じているネズミの島皮質の神経の活動を抑えたところ、腹膜炎が軽減した」という。
己が抱くストレスが脳部位を刺激し、その情報が対応する臓器に伝わり炎症を起こしたということだ。「炎症とは、すなわち免疫系の活性化です。(中略)事前に免疫系を活性化させておくことは、病原体に素早く反応し、効果的に感染症を撃退するのに有利に働きます」と、ストレスの働きを説明している。
病気を記憶する部位
この免疫の内容を具体的に記した箇所がないので筆者の推測となるが、例えば毒物を誤飲した場合、それを咄嗟(とっさ)に意識すれば、毒による本格的な炎症、症状が出る前に免疫系が活性化し、後に招来させる致命的な炎症は免れ得る。つまり意識には以前の経験を保持し、状況をより良い方向、結果に導こうと情報を発する能力がある。池谷さんは「脳には病気を『記憶』する部位がある」と結論。精神的ストレスがつながる脳の部位と患部や炎症との関係が明らかになったという。
従来、アトピー性皮膚炎などの発疹の治療について、ストレスの解消や意識の持ち方の重要性が副次的に語られてきたが、実際は薬物投与や食事制限などが優先された。しかしロールズ博士の論文はストレスやモチベーションの精神活動の主体的な役割を明かし、新しい医学や医療の在り方に道筋を与えるものだ。
例えばその最大原因がストレスである「過敏性腸症候群 便秘型」便秘。NHK総合テレビ1月5日放送「ガッテン!」によると、ストレスを感じると脳から出るホルモンは腸に影響を与え、便をこねくり回し、大変な腹痛を起こす便秘になり得る。従ってこの型の便秘治療法は「便秘になるのではないか」という思いを払拭(ふっしょく)しストレスを取り除くことだという。
やる気で体も元気に
一方、同誌の別の記事で、84歳の出井伸之・元ソニーCEOと「抗老化研究」の世界的権威の一人、今井眞一郎・ワシントン大学医学部教授が「人生120年時代の生き方は『モチベーション』が鍵!」というテーマで対談している。
今井さんは、その研究成果から「以前は、老化によって筋肉などが衰えるからモチベーションが下がると思われていたものが、実は逆かもしれないという考え方が出てきたんです。要するに(中略)脳でモチベーションなどの機能が下がることで筋肉が衰え、体の活動が鈍ってくるのではないか」と主張している。
出井「つまり、やる気があるから、体も元気でいられるということですか」、今井「そのとおりです」のやりとり。従来、精神主義として退けられるような内容のことが、対談の中でぽんぽんと出てきて先のロールズ博士の論文内容を裏付けている。
(片上晴彦)