同性婚否定「違憲」判決で結婚の目的から評価を分けた産経と朝日
◆裁判官の私見が影響
「私見の入らない論拠によって同性婚への賛同を論証するのは不可能だ。論証するためには、結婚の目的、あるいは目標や意義についてのなんらかの構想に頼らなければならない」
こう述べたのは、コミュニタリアン(共同体主義者)として知られる政治哲学者マイケル・サンデル・ハーバード大学教授だ(「これからの『正義』の話をしよう」)。筆者も同感である。
憲法や法律に従うとはいえ、裁判の判決が裁判官の思想に左右されることは避けられない。だから、裁判の公正さを確保するためには人工知能(AI)に任せた方がいいという話も出るくらいで、裁判官によっては奇妙な判決が出ることもある。特に私見に影響されるテーマである同性婚訴訟であれば、その傾向はなおさらであろう。
先月、札幌地方裁判所は、同性カップルの結婚を認めない現行の婚姻制度を「違憲」とする初めての判断を示した。結局、この判断も裁判官の思想を色濃く反映したものだったということになる。そのことは思想背景の違う新聞によって、判決の評価が大きく分かれたことでも分かる。
例えば、3月18日付産経の主張は「婚姻制度は男女を前提とし、社会の根幹を成す。それを覆す不当な判断だと言わざるを得ない」と、札幌地裁判決を強く批判した。その論拠は「婚姻制度は、男女の夫婦が子供を産み育てながら共同生活を送る関係に法的保護を与える目的がある」からで、自然には子供が生まれない同性カップルの関係はその目的の枠外にある、と明快である。
◆論拠弱い社会的合意
保守派の産経と対極にある左派の朝日社説(同日付)は「少数者の基本的人権を尊重し、時代の大きな流れにも沿った判決」と評価した。その論拠は「結婚制度は、ともに生きる2人の関係を公的に証明するもの」だから、「同性カップルをその枠外に置き続けるのを見過ごすわけにはいかない」として、国会と政府に同性婚の制度化を急ぐよう訴えた。
一方、婚姻制度の目的には触れずに「社会的な合意がない中、同性婚を認めない民法などの規定を違憲と断じた判決には疑問が残る」と、いまひとつ歯切れが悪かったのは読売の社説(20日付)だ。
読売が判決に疑問を呈する上で、論拠としたのは二つある。一つは前述したように「社会的な合意がない」ことだ。しかし、これは論拠としては弱い。なぜなら、判決は同性婚を容認する世論の高まりを判決理由の一つとしており、その部分について読売は否定できていない。
◆憲法解釈の矛盾指摘
一方、読売で説得力があったのは、判決の憲法解釈の矛盾を指摘した部分だ。判決は、憲法24条で「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」するとしたのは、男女の結婚について定めたものだと解釈した。ところが、同性婚を認めないのは「法の下の平等」を定めた第14条に違反するとした点に対して、読売は「解釈に無理があるのではないか」とした。
婚姻について規定しているのは24条のみだから、日本国憲法の結婚観は、男女を前提にしていると考えるべきで、14条もその枠の中で解釈するのが筋だ。この点は産経も触れており、もし14条から同性婚を導き出して制度化すれば、24条との矛盾が生じ、憲法改正が必要となってくる。
だが、読売に欠けていたのは、憲法がなぜ結婚を男女を前提にしているかについて言及することだった。婚姻は子供を生み育てるための男女の関係を法的に保護する制度だという本質が見えていなかったのだろう。
原告側は、24条の「両性の合意」は、婚姻には、両家の「戸主」の同意が必要とされた家制度からの解放が趣旨だと主張している。もし、個人の思想からその説を採用する裁判官が出てくれば24条と14条の矛盾は消えてしまう。やはり、サンデル教授が指摘したように、結婚の本質から同性婚の是非を論じた方が筋の通った論拠を示せるだろう。
(森田清策)