各国が非常事態を宣言する中、改憲に反対する左派紙の空想的平和主義
◆「便乗論」と決め付け
新型コロナウイルス禍は収まりそうにない。マクロン仏大統領は「われわれは(ウイルスとの)戦争状態にある」(3月16日)と宣言し、トランプ米大統領は自らを「戦時下の大統領」(18日)と言った。欧州は今やパンデミック(世界的大流行)の中心地で、米国にも波及。世界での感染者は先週1週間で倍増し30万人を超えた(共同22日)。いずれの国も非常事態を宣言し、外出や経済活動を制限してウイルス禍と戦っている。
こうした欧州での取り組みについて読売は「個人の自由や権利を尊重する欧州の価値観と相反する措置だが、2度にわたる大戦で国土が戦場となった歴史的背景から、危機に対応する法制が整えられているからだ」と解説している(18日付「スキャナー」)。
それによると、スペインには憲法と非常事態に関する法律があり、イタリアには首相が議会の承認なしで首相令を出し、個人の権利を制限する措置を取ることができ、英国では「国家緊急事態法」に基づいて女王が宣言できる。宣言すれば、政府は議会を通さず、法律を作るなどの権限を持つ。ドイツでは戦時に限らず自然災害や重大な事故などが発生した場合に、国民の行動の制限を可能にする法律が整備されている。
これに対してわが国の憲法には「非常事態」に関する規定がない。緊急事態法も存在しない。それで特措法論議では緊急事態宣言をめぐって大騒ぎした。自民党は「憲法に緊急事態条項を」と主張するが、毎日は「本末転倒」となじり(デジタル版2月14日)、東京は「この期に及び改憲とは」(19日社説)と批判。左派紙はそろって「改憲便乗論」と決め付ける。
◆5年間、国会で論議
だが、こうした捉え方は事実に反する。緊急事態条項は既に国会で論じられてきたことだ。1999年に衆参両院に「憲法について広範かつ総合的に調査を行う機関」として憲法調査会が設置され(2008年、憲法審査会設置に伴い廃止)、与野党そろって5年間、論議を重ねた。その最終報告書(05年4月)に「非常事態」が書かれている。
当時、野党が強かった参院では意見が分かれたが、衆院では「憲法に規定する」との意見を述べた議員は31人に上り、反対意見は7人にとどまった。それを受け衆院報告書は同規定を「多数意見」と明記し、その根拠を次のように挙げた(毎日05年4月16日付「最終報告書・要旨」)。
・非常事態においては、内閣総理大臣に対し権限を集中し、人権を平常時よりも制約することが必要な場合があり、そのような措置を発動し得る要件、手続き及び効果は憲法事項であること
・地域紛争、地球環境の劣化、グローバリズムの進展等による相互影響関係、テロリズムの蔓延等、現代社会は、多様な危機を内包しているが、それにもかかわらず、非常事態への対応規定が設けられていないのは、憲法の欠陥であること
・非常事態への対処に当たっては、為政者に超法規的措置の発動を誘発することが多いので、憲法保障の観点から、それを防止するために規定が必要であること
いずれも正鵠(せいこく)を得ている。これぞ立憲主義だ。緊急事態条項は「本末転倒」でも「便乗」でもない。むしろ「この期に及んで」反対する方が本末転倒だ。
◆共産党の主張と同じ
ちなみに当時、反対したのは共産党議員らで「現行憲法が非常事態への対処について明文規定がないことの意義、すなわち非常事態を生じさせないよう努力すべきことが規範としてある」と主張した。毎日14日付社説はこれをそっくりなぞったかのように「『緊急事態』に至らせないための対策にこそ、力を注ぐべきだ」と記した。
もとよりそうした対策は必要だが、ウイルスは国境を越えて侵入し、大地震、風水害は断りなく襲う。それでも緊急事態に至らせない? 立派な料簡(りょうけん)だが、これもまた形を変えた空想的平和主義だ。
(増 記代司)