医療や政治体制が脆弱な中東各国での感染拡大に警鐘を鳴らす米紙

◆困難な感染者数把握

 新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。発生源の中国では既に収束に向かっているとの見方がある一方で、中東・アフリカでは感染者数が急速に拡大している。欧米に比較すれば少ないものの、内戦や経済制裁で、医療体制が崩壊または機能していない国もあり、米政治専門紙ザ・ヒルは、今後「破滅的な結果」を招く可能性があると警告している。

 米ジョージタウン戦略グループのマネージングディレクター、デービッド・ハーデン氏は、各国で移動の制限、集会の禁止などの措置が取られていると指摘、「緩和策は役に立っているものの、ほとんどの国は今後の感染拡大に対応できないだろう」と悲観的な見方を示している。

 イエメン、シリアはほぼ10年にわたって政情が不安定な状態が続いている。両国では今のところ感染者は報告されていない。だが、ハーデン氏は、これは「医療制度が機能しているからではなく、統治が機能していないからだ」と指摘。「世界で最も脆弱(ぜいじゃく)な何百万人もの人々が、高度な医療を持つ豊かな国々よりもはるかに高い死亡のリスクがある」と主張している。

 医療が崩壊しているこれらの国では、感染者数の把握は困難なはずだ。

 また、イラクのバグダッド、レバノンのベイルート、エジプトのカイロ、パレスチナ自治区のガザなど人口が密集している地域で、新型コロナは貧弱な医療体制を圧迫すると指摘、「破綻している、または脆弱な医療体制が、ウイルスの感染を加速させ、中東で大規模な感染拡大が起きる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

 中東で最初の感染者が確認されたのはアラブ首長国連邦(UAE)だった。その後、イランなど周辺諸国に拡大したとみられている。イランでは感染者は2万人に達する勢いで、死者は1400人を超えている。

◆深まる民族的な亀裂

 イランでは、反政府デモが続いており、政府の統制が効きにくい状態にある。さらに、経済制裁下にあり、経済は疲弊、医療機器、医薬品が不足しているとされており、拡大の阻止にいまだ至っていない。

 ハーデン氏はさらに、「感染拡大による政治、経済、安全保障への影響が、既に不安定な地域をさらに不安定化させる」可能性を指摘している。

 イラク、サウジアラビア、バーレーンでは宗教、民族による対立が潜在的に存在し、新型コロナへの対応を誤れば、体制への不信がいっそう強まり、宗教的、民族的亀裂がさらに深まる可能性もあるとハーデン氏は主張している。

 また、サウジとロシアによる原油減産をめぐる対立による原油価格下落も中東産油国の経済を圧迫している。観光収入も一時的だが激減、サウジではイスラム教の聖地メッカ、メジナへの巡礼も一時停止された。

 ハーデン氏は、安全保障、外交、人道の観点から「米国は二重の困難に直面している」と強調する。まずは、国内の感染拡大の封じ込め、もう一つは、大国として世界に対して指導力を示すことができるかどうかだ。

◆米に国際協力を期待

 米議会は、中東など感染拡大が予想され、医療体制が貧弱な国への支援として83億㌦を充てる法案を通過させ、国際的な支援へ意欲を示した。

 ハーデン氏は、①新型コロナの分析などで世界保健機関(WHO)を支援すること②拡大阻止への外交協力③国際開発局(USAID)によるWHOなど国連機関への協力―を米政府に求めている。

 米国では既にワクチンの治験が開始された。「米国第一主義」を掲げ、内向き姿勢を強める米国だが、超大国として世界の信頼を得る好機でもある。「米国が世界的な対応を取ってくれることを人類全体が求めている」とハーデン氏は指摘した。

(本田隆文)