「まあ、あがりたまえ」。福島県郡山市に…
「まあ、あがりたまえ」。福島県郡山市に「こおりやま文学の森」がある。その敷地にかつて神奈川県鎌倉市にあった久米正雄邸を移築復元した久米正雄記念館があり、本人の言葉が来館者を迎えてくれる。
1905年に久米はこの町の県立安積中学に入学し、句作に熱中した。俳号は地元、開成山の三つの池にちなんで三汀に。第一高等学校入学後、芥川龍之介、菊池寛らと第三次「新思潮」を発刊。
文学の森には郡山市文学資料館もあって、特別企画展「甦る文豪たち」が開催中。大正時代の終わりに改造社から「現代日本文学全集」が出版されたが、販売促進のために作家らの記念講演会が全国各地で行われた。
27年5月のことで、講演とセットで上映されたのが「現代日本文学巡礼」のフィルムだ。改造社の依頼で監督に抜擢(ばってき)されたのが久米だった。同社社長の紹介で各作家を訪ね歩き、その日常をフィルムに収めた。
特別企画展ではこのフィルムを紹介している。見るのに40分。自宅の庭で木登りをする芥川や、撮影機を回す久米、そのほか菊池、武者小路実篤、徳田秋声、佐藤春夫ら10人。
久米が監督に選ばれたのは、自ら活動写真の撮影機を購入し、撮影を趣味としていたからだ。その愛機は行方不明となり、フィルムの存在も忘れ去られた。だが久米家に保管されていて、75年に里見弴の助言で久米の一人息子が見つけ出した。芥川が木に登ったのは久米との友情の証しである。