韓国で漢字の非識字に警鐘

根強いハングル重視論

 15世紀に李氏朝鮮の国王・世宗大王が制定した固有文字ハングル(訓民正音)。韓国ではこの文字のおかげで植民地解放後に短期間で非識字率を低下させることに成功したといわれ、現在は漢字を知らないことで日常生活に支障を来すこともほとんどないが、一方で「漢字の非識字」に警鐘を鳴らす人は後を絶たない。
(ソウル・上田勇実)

「安重根“医師”」「靖国“紳士”」の勘違いも

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韓国の民間教育大手が使用している小学生向け課外授業用の漢字教材

 「昔は小学生でも家族の名前を全部漢字で覚えさせられた。兄弟が多かったり、旧字を使っていたので大変だったですよ」(ソウル在住の主婦・朴鍾愛さん)

 韓国ではかつて漢字表記は当たり前だった時代がしばらく続いたが、政策により授業で教えなくなったり、その後は新聞からも漢字が消え去り、「100%ハングル社会」が形成された。それでも日常生活で不便を感じる人はほとんどいなかった。

 以前は名前を漢字表記するのは難しくなかったが、近年は自分の名前を漢字で表記できない人が増え、純ハングル表記で漢字表記できない(漢字表記を最初から意識していない)名前さえ時々見掛ける。漢字の「死文化」だ。

 だが、漢字の非識字に異議を唱える人は少なくない。韓国最大手紙・朝鮮日報はこのほど「漢字の非識字から抜け出そう」という新年特集記事を掲載した。1970年に「ハングル専用化政策」が実施されて以降、小学校の正規授業で漢字を学ばなくなり始めた世代が現在50代となり、漢字が読めないことに伴う弊害が広がっていることに警鐘を鳴らすという趣旨だ。

 記事はこんな実例を挙げている。

 ―ソウルのある有名大学の教授が最近、教え子の学生とこんな会話を交わした。教授が「(独立運動家だった)金九先生は暗殺された」と言うと、学生は「癌で亡くなったのですか」と聞き返したという。学生は暗(韓国読みでアム)殺(サル)という単語を知らず、「アム」を癌(アム)と思い込んだのだ。教授は「ハングル世代の悲劇」と嘆いていた…。

 ―(初代首相の伊藤博文を暗殺した)安重根義士の義士(ウィサ)を医師(ウィサ)と勘違いしたり、靖国神社の神社(シンサ)を紳士(シンサ)と本気で思っているなど、特に年齢が若いほど「漢字の非識字」現象が深刻だ…。

 ソウル市では昨年、市の教育行政トップの教育監が左派系から保守系に交代し、漢字教育を強化する方針が発表された。外部の専門家も参加してソウル教育庁内に専門組織を立ち上げ、具体的な計画を練ったり教材の開発に着手。新年度の予算も取り付けた。

 漢字教育強化論者たちは、漢字を知ることで国語力が向上すると指摘する。知らない単語が出てきてもハングルを漢字に置き換えれば意味が分かる場合が少なくないが、ハングルだけだと単語そのものの意味を丸暗記しなければならない。

 ハングルより漢字を読む方が脳の機能が活性化されることも分かった。近年は英才教育の一環として漢字教育が見直され、数年前に教育熱が高いことで有名なソウル江南地区の父兄が当局に小学校での漢字授業を復活させるようデモをした。漢字圏の日本、韓国、中国を比較し、一番略した簡体字を使う中国人や日本語漢字の日本人より最も複雑な旧字体を使う韓国人が本来最も優秀であることが判明したという「民族主義的実験結果」を紹介する人までいる。

 ただ、漢字教育の強化に対し、ハングルの愛好団体や左派系教育団体は「勉強の負担をさらに加重させる」などとして根強く反対している。