文在寅政権の「積弊清算」 標的は李明博元大統領

私怨が動機の「政治報復」

 韓国では、前職大統領が逮捕・収監されたり、甚だしきは死刑判決を受け、さらには暗殺され、自殺に追い込まれることもある。韓国で「大統領」とは極めてリスクが高く、引退後の保障のない職だと言っていい。

 元大統領が静かな余生を送れないのは、新政権がとりあえず前政権の“不正”を暴いて清算し、その上で自身の“正統性”を証明して新政府を始めようとするからだ。だが、その実態はほとんどが「政治報復」だと言っていい。野党時代に受けた仕打ちや過去、政権から受けた“弾圧”を検証する格好を取りながら、攻守入れ替わって相手をやっつける党派争いにすぎない。

 文在寅(ムンジェイン)政権が進める「積弊清算」も同じだ。“初の文民大統領”金泳三(キムヨンサム)はそれ以前の“軍事政権”時代の不明事件や弾圧事件を白日の下にさらし、全斗煥(チョンドゥファン)に死刑判決を下し、盧泰愚(ノテウ)を懲役17年に処し監獄に送った。

 もっとも韓国で「死刑」はそれほど重みがない。いったん断罪した後、大統領特赦が下されるケースがほとんどで、死刑判決を受けた元大統領で本当に処刑された人は一人もいない。全斗煥も山寺にこもって悔悛(かいしゅん)の意を示し、その後赦免されて政治の世界に隠然たる力を保っていた。

 閑話休題。10年にわたる金大中(キムデジュン)、盧武鉉(ノムヒョン)の“左派政権”の次に李明博(イミョンバク)、朴槿恵(パククネ)と10年弱“保守政権”が続いたが、引退後はそれぞれ批判にさらされ、清算の対象とされてきた。また野党に回った側は冷や飯を食わされたわけだ。

 政権を取れば、大統領府スタッフが入れ替わり、政策の色合いもガラリと転換する。特に文政権には多くの「運動圏」(学生運動の中核)出身者が含まれており、彼らは親北派、従北派で、中でも「主体思想派(主思派)」という北朝鮮と密接な関係のある活動家が大統領秘書室長(日本の官房長官に相当)に就くほど政権に食い込んでいる。閣僚の半数近くを運動圏出身が占める。その下で「積弊清算タスクフォース(TF)」が組まれるのだから、左派の眼鏡を通して過去が断罪されていくのだ。

 文在寅の「積弊清算」には大きく分けて二つの目的がある。近くは、今年6月に予定されている統一地方選挙で野党を徹底的にたたいて、与党に有利な状況をつくること。もう一つは前政権追及だ。従来のパターンからすれば、朴槿恵をたたくわけだが、朴時代には崔順実(チェスンシル)の国政壟断(ろうだん)事件以外にさしたる攻撃材料がない。文在寅の狙いはもっと奥の方にある。ターゲットはその前の李明博だという。

 中央日報社が出す総合月刊誌「月刊中央」(1月号)は「積弊清算は新・旧権力間の戦争」の記事で、そう指摘している。李明博政府の“権力型不正疑惑”追及に焦点が合わされているというのである。

 しかし、本当に文在寅が進めたい追及は権力型不正の清算というよりも、別の動機がある。かつて文在寅の上司であり朋友(ほうゆう)であった盧武鉉は、大統領退任後、親族の汚職が追及されて結局自殺の道を選んだ。盧武鉉を“追い詰めた”のは李明博だ。李政権の「積弊清算」には文在寅の私怨がこもっているのだが、さすがに政権の目を意識したのか、同誌はそこまでは書いていない。

 このように飽くことなく政治報復を繰り返しているのをみれば、政権が代わるごとに日本に「清算」を求めてくる理由が理解される。前政権の施策を全て否定するわけだから、前政権が結んだ日本との政府対政府合意も、とりあえず引っくり返して“自分流で”やり直すというパターンが繰り返されることになる。しかし、それに付き合わされる日本はたまったものではない。これでは安定した二国間関係は築けない。

 ところが、韓国は日本がどう思っているかにはあまり関心がない。目線はもっぱら国内の報復戦に向けられているからだ。ことは外交問題なのだから、クギを刺しておかなければならないが、過剰な反応も考えなければならない。(敬称略)

 編集委員 岩崎 哲