与党候補見当たらぬ韓国大統領選 “保守政党消滅”の可能性

左派政権誕生で揺らぐ安保

 韓国では朴槿恵(パククネ)大統領の弾劾で今年12月に予定されていた大統領選挙が早ければ春に、遅くとも夏に行われる可能性が高まってきた。弾劾の是非を審議している憲法裁の裁定次第では、その日程もどう変わるか分からない。

 東亜日報社が出す総合月刊誌「新東亜」(1月号)の予測では早いもので3月末の「サクラ選挙」、次に5月の「ツツジ選挙」、そして8月の「蒸し風呂選挙」の日程が考えられるという。これらは憲法裁が裁定を出すタイミングから測って出てくる日程だ。

 しかし、政界では憲法裁の審理はほとんど考慮されていない。攻める野党は、与党に準備期間を与えない「速度戦」で朴大統領に「即下野」を求め、一方、与党側は朴大統領に「4月退陣、6月選挙」をのませ、候補擁立の時間を稼ごうとしている。いずれも、憲法裁の結論がどうであろうと関係ないという態度にみえる。国会で弾劾決議をし、憲法裁に判断を委ねたのはいったい誰だったのか。

 さて、現在、名前の挙がっている候補を見ると、いずれも与党から出る可能性のある有力候補者はいない。この状況を指して、時事評論家の李宗勲(イジョンフン)氏は同誌の「崔・朴弾劾ショック後」の特集記事で「保守政党消滅」になりかねないと分析している。

 昨年末、国連事務総長を辞した潘基文(パンギムン)氏は当初、与党セヌリ党から出るとみられていたが、朴弾劾事態でその道は消えた。セヌリ党内も親朴派と非朴派、反朴派に分裂し、候補者を出せる状態ではない。大統領候補を出せない政党、まして内部分裂した政党は消えていくしかない。潘氏は結局、新党を立てる力もないため、与党でも野党でもない「第3地帯」に足場を求める可能性があると指摘するメディアは多い。

 いずれにしても次期大統領は「親北進歩指向の野党圏が政権をとる」と李氏は予想する。日米欧と保守回帰が世界の潮流となっているところに、韓国のみが左派政権を誕生させれば「世界と合わなくなる可能性が高い」と保守陣営は憂慮しているというのだ。

 安全保障面だけみてもそれは明らかだ。北朝鮮が弾道ミサイルや潜水艦発射弾道弾など核戦力を高めている状況で、野党候補者は全員が「サード(高高度防衛ミサイル)配置を撤回する」としている。北の核戦力に対して、無防備になるに等しい。

 サードを撤回すれば、「対中国で不快な関係はある程度解消されるが、反対に韓米軍事同盟は修復しがたい傷を負うことになる」と李氏は警告し、「わが国の安保の根幹が揺らぐ」と危機感を示す。

 しかも、20日就任するトランプ新米大統領は「在韓米軍引き揚げ」まで口にした人物だ。文在寅(ムンジェイン)元民主党(現・共に民主党)代表、安哲秀(アンチョルス)国民の党共同代表、李在明(イジェミョン)城南市長といった野党候補が大統領になれば、防衛や通商でトランプ政権とうまくやっていけるとは考えにくく、米軍引き揚げが現実のものとなる可能性さえある。

 安倍晋三首相が、「駐日米軍は海兵隊と空軍だ。移せば米国の負担は大きくなる。この点をトランプ氏に説明すればよい。これに対して、韓国(現政権)は困惑しているだろう。在韓米軍は陸軍だから…」と述べたことを紹介し、李氏は「気分はよくないが無視できない言葉だ。在韓米軍は韓半島から出すのに便利な軍隊であることは明らかだ」と述べている。

 左派政権が実現すれば、南北関係改善に乗り出すとみられている。「北朝鮮が憂慮する政策や事業にブレーキがかかる可能性が高く、国防予算の新規事業を縮小した予算で対北支援を増やそうとするかもしれない」との憂慮が保守派の間からは出ている。

 2007年、盧武鉉(ノムヒョン)政権で大統領秘書室長だった文在寅氏は、国連で北朝鮮人権決議案が出された時、北朝鮮に“お伺いを立てた”として批判された。そんな文氏が大統領になれば、その憂慮は現実のものとなるだろう。

 崔順実(チェスンシル)国政壟断(ろうだん)事件などで保守勢力も「心を寄せるところがない」のに加えて、「セヌリ党も野党3党も嫌いだという浮動層の思いが飛び交って、足を降ろすところがない」というのが現在の韓国政治状況だ。

 編集委員 岩崎 哲