蔡英文氏当選に韓国の心中複雑

 台湾の次期総統に当選した民進党の蔡英文氏に韓国が戸惑いを隠せずにいる。親中路線とは一線を画し、日米との親密ぶりをアピールしているためだ。韓国女性アイドルグループの台湾出身メンバーによる国旗騒動が重なったこともあり、戦略的に中国傾斜を続ける韓国としては自国への影響を慎重に見極めようとしているようだ。(ソウル・上田勇実)

「台湾版朴槿恵」に好感も

「親米友日」中国刺激を懸念

アイドル国旗騒動めぐり賛否

 「アジアの新興民主国家として民主自由の価値を備える点など韓国と台湾に共通する価値を尊く思う」

 次期総統に当選した直後、蔡氏は韓国通信社・聯合ニュースのインタビューにこう答えた。韓国に対するリップサービスもあろうが、東アジアで韓国と台湾は似通った存在感を示してきたのは確かだろう。

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16日、台北で、総統選に勝利し、支持者に手を振る民進党の蔡英文主席(AFP=時事)

 韓国メディアの中には蔡氏を「台湾の朴槿恵」と称し好感を示したところも少なくない。特に政治の世界では今も男性中心の傾向が強いアジアで、共に初めて国のトップに女性がなったことへの連帯感のようなものを感じたのだろう。蔡氏は2012年に台湾で出版された朴大統領の自叙伝に推薦文を書いたという縁もある。

 だが、必ずしも蔡氏当選を歓迎するムードとは言い切れない。蔡氏が党首を務める民進党は「台湾共和国の建設(=中国からの独立)」を綱領に掲げており、昨年は蔡氏自ら中国覇権主義に反対する米国と日本を相次いで訪問し歓迎を受けた。「親米友日」(韓国紙・文化日報)とも言うべきこうした政治スタンスは「一つの中国」を主張する中国への挑戦とも受け止められる。

女性アイドルグループ「トゥワイス」の周子瑜さん(21日、韓国紙セゲイルボ撮影) 韓半島統一や北朝鮮の核開発などの問題の解決のテコとして「中国に戦略的に接近」(韓国政府系シンクタンク関係者)する韓国としては、蔡氏を手放しに歓迎すれば中国を刺激しかねないという懸念を抱いているわけだ。

 蔡氏当選に対する韓国各紙の反応も慎重論が目立つ。中央日報は社説で「台湾指導者の交代に伴う両岸(中台)関係の動きに鋭意注意」するよう訴え、東亜日報も「両岸海峡の緊張は北東アジア情勢の変化をもたらすという点で注視する必要がある」(社説)と指摘。どちらか一方の肩を持つのを避けた印象を与える。

 韓国と台湾はどのような関係なのか。韓国は軍事境界線を挟み独裁国・北朝鮮と南北に分断され、統一が国家課題であるが、台湾もまた海峡を挟み共産党一党独裁の中国との間で表向きには「一つの中国」だが、潜在的な統一問題を抱える。かつて日本に併合された歴史、狭小な国土でありながら短期間に高度経済成長を遂げた点なども同じだ。

周子瑜さん

女性アイドルグループ「トゥワイス」の周子瑜さん(21日、韓国紙セゲイルボ撮影)

 東西冷戦時代、両国は「反共」の国是の下、緊密な関係を維持した。1975年に台湾の蒋介石総統が死去した際には、韓国の朴正煕大統領が追悼の意を表す対国民談話を発表し、金鍾泌首相を弔問使節として派遣した。

 だが、韓国は冷戦崩壊を受け盧泰愚大統領が進めた「北方外交」で92年に中国と国交樹立した後、台湾と断交状態になった。韓国はその後の二十数年間、中国との経済関係を急速に強め、朴槿恵政権になってからは政治的にも中国に傾斜。韓国人にとって台湾の存在感はどんどん薄くなっていった。国際情勢によって両国関係も大きく変化したことがよく分かる。

 韓国では今回の台湾総統選に対し別の意味でも関心が集まった。人気女性アイドルグループ「トゥワイス」のメンバーで台湾出身の周子瑜さん(16)が、テレビ番組収録中に台湾の国旗・青天白日満地紅旗を振る場面がインターネット上で紹介され、中国側から「台湾独立派だ」とクレームが付けられた。すると所属事務所が周さんの謝罪ビデオを公開した。

 謝罪は台湾総統選の前日であったため、蔡氏はこれを中国の「抑圧」と非難。中国との交流拡大を訴えた国民党候補に大差で勝つ一因になったとの見方が出た。

 一連の騒動は韓国で大々的に報じられたが、興味深いのは所属事務所の対応をめぐり世論が賛否両論に分かれたことだ。騒動後に実施されたリアルメーターの世論調査結果によると、「個人の人権、表現の自由を度外視した過度な対応」という批判論(42・4%)と「韓流の中国市場を維持せざるを得ないためやむを得ない」の擁護論(35・6%)には、それほど大きな差がなかった。人権軽視の「上から目線」は座視できないが中国マネーを考えれば妥協も理解できる、という今の韓国人の中国観がこんなところにも表れている。