韓国左派、MERS危機に便乗 ソウル市長が朴政権批判で攻勢
巧みに国民の権力不信利用
大統領の対応にも問題
韓国で中東呼吸器症候群(MERS)コロナウイルスの感染が拡大している問題をめぐり、左派陣営が朴槿恵政権批判を強めている。政府の初動に問題があったのは確かだが、責任追及で反政府世論の拡大につなげようという政治的打算が見え隠れする。(ソウル・上田勇実)
医師出身・安哲秀氏も前面に
「秘密主義」政府との対立演出
MERS感染が深刻化し始めた4日夜、左派系の最大野党・新政治民主連合(以下、民主党)所属の朴元淳ソウル市長は緊急記者会見を開き、ある感染者が自宅待機の隔離対象だったにもかかわらず、陽性反応が確認される直前、1500人余りが集まった会合に出席したと述べた。
朴市長はこの件について「保健福祉省から情報提供はなかった」と政府を批判し、会見後には自身のフェイスブックなどに「今から(私は)ソウル市MERS防疫本部長の朴元淳です」と記した。「無能な政府に代わって責任を持つ」と言わんばかりに自分の存在感を誇示したのだ。
このソウル市長のスタンドプレーに、朴大統領や担当省庁の文亨杓保健福祉相は「混乱を招く」と逆批判。しかし、朴市長は感染経路になった病院に対する独自調査に乗り出す考えを示すなど、対応が後手後手になっている印象を与える政府を尻目に「越権行為」(与党議員)を続けた。
朴市長は小中学校の給食無料化を公約に掲げて当選した左派弁護士出身。野党系の次期大統領候補として有力視される一人でもある。
今回の「MERS会見」は大統領選を念頭に置いた政治攻勢との見方が出ており、会見直後に実施した世論調査で朴市長の支持率は2週間前に比べ約6ポイント上昇の19・9%を記録してトップに躍り出た一方、朴大統領は約10ポイント下落の34・6%に落ち込んだ。正に狙い的中だ。
MERSを利用した左派の政治攻勢では、前回の大統領選で野党系候補の一人でありながら、このところ活躍の機会がなかった安哲秀氏に対するラブコールも来た。
民主党の諮問委員を務めるあるソウル大学教授は、医師出身の安氏にとって今回の事態は「自分の商品性を高めるチャンス」であり、「私が安哲秀だったら防疫服とマスクを着用して防疫センターや主要病院を回る」とフェイスブックに書いた。
これに触発されるように、それから間もなく安氏は韓国政府と世界保健機関(WHO)との合同対策会議の会場に足を運んだ。記者以外の立ち入り禁止を理由に門前払いを食らったが、「政権が情報遮断に死活を懸けている」と述べ、「秘密主義の政府VS真実を求める医師出身の国会議員」という構図を見事に演出している。
これまでにも韓国左派は、国を揺るがす事件や事故の対応に苦戦する政権を必要以上に批判し、世論を味方に付けてきた。記憶に新しいところでは、昨年の旅客船「セウォル号」沈没事故がそうだ。
日本人をはじめ外国人にとって解せないのは、全ての責任を大統領に押し付けがちな国民感情だ。船が沈んだ責任は船長・船員や船会社のオーナーにあるのであって、大統領とは直接関係ないこと。MERSも初動ミスの責任はあくまで担当の機関や省庁の責任者が負うべきであり、感染拡大の背景にある韓国特有の「病院文化」に目を向けるべきだ。
指摘されているのは、軽い症状でもすぐに病院に行きたがる病院至上主義の結果、有名病院が患者でごった返してしまうこと、患者本人が病院を転々とすること、大勢の親戚・知人が見舞いに押し掛けることなどである。
あらゆるものを「大統領の責任」にしたがるのは、権力不信が根強い韓国の大衆心理の影響と考えられる。そして、これを左派が巧みに政治利用することで反政府世論に火が付いてしまうわけだ。
ただ、朴大統領自身にも問題がないわけではなさそうだ。最も多くの感染者を出したサムスンソウル病院の院長を叱責し、院長が大統領の前で頭を深々と下げて謝罪する場面が報じられたが、大統領に対する不満がくすぶっている時にこれはまずかった。
早速、メディアから「大統領に誰かを叱責する資格なし」「謝罪される大統領ではなく、謝罪する大統領を望む」と突っ込まれる始末。韓国ギャラップが先週末に発表した大統領支持率は就任後最低の29%に落ち込んだ。
韓国政府はMERS感染の終息に向け、今月末までにメドを付けたい考えだが、この危機に乗じた政治攻勢にも神経をとがらせなければならない状況が続いている。











