独裁者の苦悩浮き彫り? 北朝鮮・金第1書記が突然の訪露中止
政権基盤にまだ不安か
今月9日にロシアのモスクワで開催される対ドイツ戦勝70周年式典への出席が予想されていた北朝鮮の最高指導者・金正恩第1書記が土壇場で出席を取りやめた。政権基盤への不安からクーデターなどを恐れ外遊を思いとどまったとする見方が出ており、これが事実とすれば「若き独裁者」の苦悩が浮き彫りになった形になる。(ソウル・上田勇実)
国際社会からの孤立続く
北朝鮮は昨年11月、最側近の崔竜海労働党書記が金第1書記の特使としてロシアを訪問したのを皮切りに幹部らが「ロシア詣で」に精を出してきた。
今年2月に訪露した李竜男・対外経済相は、北朝鮮の鉄道補修や羅先特区へのロシア側からの電力供給など経済協力をめぐり協議したとされ、その後も李洙外相が訪露したり、盧斗哲副総理と玄永哲人民武力部長も先月訪露。これらは全て金第1書記訪露の「地ならし」とみられていた。
今年は両国にとっていずれも大きな節目を迎える年だ。ロシアは対独戦勝70周年、北朝鮮も8月15日で日本による植民地統治が終わった「祖国解放」から70年、10月には党創立70周年になる。両国ともに今年を「親善の年」に指定し、国家機関や地域間の代表団交流や接触を活発に行い、平壌やモスクワなどで文化行事を共同開催するとの観測もある。
さらに国際社会から孤立しているという点でも両国は共通している。ロシアによるクリミア半島併合などウクライナ情勢をめぐり西側諸国が反発し、経済制裁が科された。北朝鮮も核開発やミサイル発射などで国際社会の顰蹙(ひんしゅく)を買い、やはり経済制裁の憂き目に遭っている。
中国寄りだったといわれるナンバー2で金第1書記の叔父だった張成沢・党行政部長の処刑を境に冷え込んだ中国との関係改善が遅れる中、北朝鮮は自然ともう一つの伝統的な友邦国であるロシアに近づこうとしている――こうした見方が支配的だった。
金第1書記のロシア訪問はほぼ既成事実化され、韓国情報機関の国家情報院も訪露中止発表の前日に韓国国会で「訪露の可能性大」と報告していたくらいだっただけに、突然とも言える訪露中止は国際社会に一種の驚きを与えたようだ。
だが、土壇場で訪問を中止するだろうと大胆に予測していた専門家もいる。長年、北朝鮮分析に当たってきた元韓国治安政策研究所研究官の柳東烈氏はこう指摘していた。
「権力基盤に不安を残す現段階で、金第1書記は平壌を空けることはできないはず。プーチン大統領とじっくり単独で首脳会談に臨むのならともかく、必ずしも自分を歓迎してくれるとは限らない各国首脳が集う場にのこのこ現れても、国際的な恥をかいて終わるのが落ち」
また、ある韓国政府系シンクタンク関係者も「6カ国協議復帰などロシア側が喜ぶような“土産”を北朝鮮が準備できなければ難しいのでは」と訪露に懐疑的な見方を示していた。
国情院によれば、今年に入って北朝鮮では15人の高官が処刑されたといい、恐怖政治が続いていることをうかがわせる。
張氏処刑以降、北朝鮮の権力層では「下手なことを最高司令官同志(金第1書記)に進言したり、報告できない」という雰囲気が広がっているとみられる。また、これまでの証言などから金第1書記の意思決定が衝動的、即興的であることも知られるようになった。
このため、今回の訪露中止も側近のアドバイスによるものではなく、訪露準備が着々と進められていた中で「最後になって金第1書記自らが衝動的に下した決断」(柳氏)である可能性があり、これが土壇場の訪露中止という形になって表れたともいえる。
北朝鮮の党機関紙・労働新聞は今月1日、「労働節(メーデー)」に際し金第1書記に改めて忠誠を誓うよう促した。相変わらずの「忠誠強要」だが、父、金正日総書記をもしのぐとさえ言われる恐怖政治で幹部たちを従わせるというやり方が、どこまで長続きするかに疑問を呈する声もある。
韓国大手通信社の北朝鮮担当ベテラン記者は「金総書記はただ叱り付けるだけでなく、寛大に許すことで側近たちに忠誠心を自然に植え付けさせるといううまさがあったが、金第1書記にその度量が備わっているとは思えない」と述べた。
ところで、今回訪露が実現していれば金第1書記にとって初の「外遊デビュー」であり、周辺国の関心も高まった。特に北朝鮮国営メディアを通して宣伝される姿ではなく、ベールに包まれた独裁者が各国首脳といったいどのように会話を交わすのか、その表情や口調、しぐさや歩き方などに至るさまざまな角度から「金正恩研究」がなされる絶好のチャンスになっていたかもしれない。
だが、「安心して平壌を空けられない」状態はまだしばらく続くとみられ、外遊デビューは当分お預けかもしれない。











