北朝鮮の金正恩第1書記 いまだ“操り人形”
張氏の摂政下 軍で暴走も
北朝鮮の最高指導者・金正恩第1書記による本格的な統治が始まり間もなく2年が経過しようとしているが、金第1書記は実際には依然として陰の実力者で叔父の張成沢・労働党行政部長に背後で操られているとの見方が有力だ。ただ、張氏の統制が利かずに“暴走”することもあるようで、両者のパワーゲームの行方が気になるところだ。
(ソウル・上田勇実)
先月、4泊5日の日程で2度目の訪朝を果たし、金第1書記と和気藹々とした交流の時間を過ごした元NBA(米プロバスケット)スター選手、デニス・ロッドマンさんの滞在期間中、一つの異変が感知されたという。軍実務の最高責任者である李永吉総参謀長と張正男人民武力相の2人の姿がなかったことだ。
ソウルのある消息筋は、この異変に重大な事実が隠されていると指摘する。
「総参謀長と人民武力相と言えば、ミサイル発射を含む攻撃命令を現場に下したり、中国や韓国などとの軍事外交に責任を持ち、最高実権者の傍から片時も離れてはならない人たち。つまり2人の不在は権力の本当の中心が金第1書記ではないことを物語っている」
一昨年死去した金正日総書記はこの世を去る前、一族の豪華な生活や側近たちへの贈り物購入などに必要な統治資金の管理を後継者である金第1書記ではなく、妹の金敬姫・党軽工業部長に託したという情報もある。金部長の夫がすなわち張部長だ。
これが事実とすれば、権力維持のためどこにいくら使うかの案配は張部長夫妻の手中にあることになる。金第1書記は張部長夫妻から給料・小遣いをもらういわば「雇われ最高指導者」とでも言おうか。
張部長が後継者に指名された金第1書記を立てつつも、完全に任し切れず、背後で事実上の摂政を続ける理由は何か。
南北高位級会談の韓国側代表を務めたことのある李東馥元国会議員は「北朝鮮を自分が描くイメージ通り統治してくれるか、自身の既得権が最後まで守られるか、国際社会の荒波を乗り越えていけるかなど、いくつかの点で確信を持てずにいるのでは」と語る。
仮に正恩体制が安定した場合、北朝鮮で繰り返し行われてきた最高指導者に対する偶像化が本格化し、そうなれば金第1書記は神秘のベールに包まれていなければならない。ところが、記念行事などで肉声の演説をし、李雪柱夫人を同伴して盛んに国内メディアに登場、軍視察では末端の兵士たちとスキンシップを繰り返すなど、その言動は神秘主義とは程遠く、あまりにもオープンだ。
この点について柳東烈・治安政策研究所上級研究官は「張部長が後に金第1書記を追いやる状況になった場合の名分づくりの可能性も否定できない」と述べる。伝統に背く数々の“罪状”を白日の下にさらそうという張部長のしたたかな思惑が隠されているのだという。
首都・平壌に造られたテーマパークや行楽施設、高層マンション、現在建設中の馬息嶺スキー場に至るまで、一般住民とはあまり縁のない大型建造物の数々も、経済を破綻させた原因としていずれ金第1書記の責任が追及される日が来ないとも言い切れない。
だが、張部長が自在に金第1書記を操っているわけではない。別の北朝鮮消息筋によれば、今年3月、金第1書記が軍戦略ロケット部隊の作戦会議を緊急に招集し、米本土やハワイ、グアム、在韓米軍基地への「射撃待機状態」に入るよう指示したと報じられた頃、北朝鮮では攻撃後に備え、実際に戦争準備に入り、緊迫した状況だったという。
張部長はすでに昨年末の長距離弾道ミサイル発射や3回目の核実験など特に中国が嫌う地域安保への武力挑発に慎重な姿勢だったとされるが、戦争準備はそうした張部長が「好戦的な金第1書記と軍強硬派をコントロールできなくなっていた」(同筋)証拠だ。
今後、金第1書記が独自の側近グループを形成し、張部長と対立関係になる可能性もある。北朝鮮権力構図は流動的だ。