韓国の情報機関に証拠偽造疑惑
信頼揺らぐ「対共捜査」
韓国の情報機関、国家情報院(以下、国情院)が北朝鮮のスパイだった疑いがあるとして摘発した容疑者に対する追加の裏付け捜査で証拠を偽造していた疑いが浮上、家宅捜索にも踏み切られ、窮地に追い込まれている。北朝鮮による対南工作を取り締まるはずの「対共捜査」への信頼が失墜しかねない事態となった。(ソウル・上田勇実)
スパイ事件で無理な裏取りか
事の発端は、ソウル市職員という立場を利用し、韓国定着の脱北者たちの個人情報を北朝鮮に流出させた容疑(国家保安法違反)で、昨年2月逮捕・起訴された偽装脱北者で元北朝鮮在住華僑の容疑者の男(34)の事件で、国情院が裁判所に提出した証拠資料に偽造の疑いが持ち上がったこと。
ソウル中央地裁は昨年8月、証拠不十分で無罪判決を言い渡したが、国情院はその後の控訴審で容疑を裏付ける追加の証拠として、男が韓国政府の許可なく北朝鮮に2度行ったとして中国・和龍市公安局から入手した出入国記録などを検察に提出し、検察がこれを裁判所に提出した。
ところが、弁護団側が別途に提出した男の出入国記録に記された官印が国情院が入手した出入国記録の官印と微妙に違っていたことから、裁判所が駐韓中国大使館を通じこれら文書の真偽を照会したところ、先月、検察側が提出したものが全て偽造されたものであるとの回答が来たという。
さらに裁判所に提出された弁護団の文書に反駁(はんばく)する回答書を作成するため、国情院に協力したとみられている元北朝鮮在住華僑の脱北者の男性が、検察の聴取で「700万ウォン(約70万円)の報酬で文書偽造を依頼された」などと“爆弾発言”をした後、国情院を批判する内容の遺書を残して自殺未遂まで起こし、騒ぎが大きくなった。
また国情院から派遣されていた中国の瀋陽領事館の領事が、出入国記録の確認書を和龍市公安局まで出向いて直接受け取ったかのごとく装い、実際には自分一人で作成していた疑いまで浮上。この領事は「上からの執拗(しつよう)な指示で仕方なく作成した」と検察に話したことがマスコミを通じ明らかにされた。
本来、スパイ事件は容疑の中身が焦点になるはずだが、今回の場合は検察に協力する立場の国情院が証拠偽造をしたのか否かを検察から疑われる羽目になるという異例のケースだ。一審で負けた国情院が躍起になって有罪を裏付ける追加の証拠を取るよう無理な指示を出したのではないか――という観測まで広がっている。
国情院をめぐっては、一昨年末の大統領選を前に朴槿恵候補(当時)に有利な世論を形成するため、インターネット上の書き込みなどを通じて組織的に不正介入していたとされる疑惑が浮上。野党からこれを猛攻撃され、散々苦しめられたばかりだ。
最近は、北朝鮮ナンバー2だった張成沢・朝鮮労働党行政部長の粛清情報を正確につかんで発表したり、国内従北勢力の中心的人物だった極左野党・統合進歩党の李石基議員の内乱陰謀事件で内偵活動をし、起訴事実のほぼ全てを裁判所に認めさせ、有罪判決を引き出すなど、国情院の存在価値を内外にアピールしていただけに、証拠偽造が本当だとすれば「対共捜査」への信頼は揺らぎ、国情院に抜本的改革を求める声が強まりそうだ。