仏、治安悪化を懸念 イスラム過激派の影響止まらず

軍兵士1万人投入

 フランスで1月に風刺週刊紙「シャルリエブド」のパリ本社襲撃テロ事件が発生して以来、フランスでは治安悪化への懸念が広がっている。テロ対策の治安部隊を1万人以上動員したもののユダヤ関連施設への襲撃事件などが起きる一方、イスラム過激派に加わる若者たちも後を絶たない状況だ。(パリ・安倍雅信)

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連続テロ事件を受けて、ユダヤ教会を警備するフランス軍兵士=1月14日、パリ(時事)

 フランスでは南部ニースで2月3日、ユダヤ教関連施設を警備していた軍兵士が男にナイフで切り付けられ、2人が負傷する事件が起きた。現場で逮捕された男、ムサ・クリバリ容疑者(30)はアフリカ・マリからの移民2世とみられ、国内治安総局(DGSI)がイスラム過激派の危険人物としてマークしていた。

 同容疑者に襲われた兵士は顔や腕などを負傷し、クリバリ容疑者は駆け付けた警官に取り押さえられ、共犯者(43)も拘束された。フランスでは1月のパリでのテロ襲撃事件を受け、軍兵士1万人を国内の重要警備拠点へ配備し、特にその中の4700人を全国717カ所のユダヤ人学校およびシナゴーグなどユダヤ関連施設へ配置し、警備に当たっていた。

 さらに事件当日は、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」が、フランスのイスラム教徒に対して、さらなるテロを実行するよう呼び掛ける映像を出し、「ナイフで警官や兵士を殺せ」とのメッセージを流した当日でもあった。欧州最大規模のイスラム社会を抱えるフランスにとって、一挙に脅威が高まったことになる。

 シャルリエブドやパリのユダヤ食料品店を襲った犯人の男らは、DGSIが要注意人物として把握しながらも、監視の対象にはなっていなかったが、2月3日の襲撃犯は監視されていたにもかかわらず、犯行を食い止めることができなかった。そのため国民からはテロを未然に防ぐのは難しいとの見方も強まり、不安が広がっている。

 特に1月のパリのテロ事件以降、フランスのユダヤ社会には大きな不安が広がっている。フランスのユダヤ系住民の人口は約60万人で、イスラエルと米国に次ぐ世界3位だが、フランス脱出の機運が高まっている。

 2014年にフランスからイスラエルに移住したユダヤ人は7000人を超え、前年から倍増し過去最高を記録している。今年は1万人が移住するとみられ、パリのイスラエル大使館によれば、イスラエルへの移住手続き申請が急増しているという。

 一方、カズヌーブ仏内相は今月8日、対テロ警察が3日朝、南東部リヨンと首都パリ郊外でイスラム過激派組織とのつながりが疑われる人物8人を拘束し、さらに8日にもイスラム過激派組織に戦闘員を送り込むネットワークに関与したとして、捜査当局が南西部トゥールーズなどで6人を拘束したことを明らかにした。

 8日に身柄を拘束された6人は30歳代で、不透明な資金移動に関わった疑いも持たれている。捜査当局は今後、ネットワークの全容解明やイスラム国とのつながりなどを追及していく。同内相によれば、当局は現在、テロ関連で161件の捜査を進めており、捜査対象となっている547人中、これまでに167人の身柄を拘束し、95人を監視下に置き、80人を収監したとしている。

 カズヌーブ内相は、事態の深刻化を受け、4日にブリュッセルの欧州委員会に対して、欧州レベルのテロ対策強化が急務として、欧州連合(EU)域内の空港を利用している航空会社に全搭乗者データの保存と共有を求める制度の確立を要望した。

 3日に流されたフランスへの攻撃を実行するよう呼び掛ける動画の中で、フランス人警官や兵士だけでなく、テロ事件を受け大規模な抗議デモ行進に参加した一般のフランス人らも標的とするよう指示されている。そのため、フランスのどこでテロが起きるか分からないという懸念が国民の間で広がっている。

 さらに動画の中で覆面をして自動小銃などで武装した兵士の中にパリの南郊外モンルージュで女性警官を殺害し、バンセンヌのユダヤ人食料品店に立てこもり4人を殺害した事件の共犯者とみられる女性が含まれているとの指摘もあり、照合が行われている。女性がシリアに渡航したことは確認されている。

 一方、フランス南部マルセイユの低家賃住宅団地で9日、覆面集団がカラシニコフ銃を空に向けて発砲したとの住民による通報を受け、駆け付けた警察が銃撃を受ける事件が発生した。死傷者はいなかったが、バルス仏首相がマルセイユでの犯罪撲滅の成果に賛意を表すため同市を訪問する数時間前の出来事だった。

 事件が発生した地区は、アラブ系住民が集中して住む貧困地区で、麻薬密売の横行で知られるラ・カステラーヌ団地(約7000人の住民)だった。これまでも何度も銃撃戦や傷害事件が発生している。マルセイユは慢性的に暴力団絡みの銃犯罪が頻発しており、治安維持のために軍兵士の投入要請も出ていた。

 事件の起きた団地は、サッカーの元スター選手、ジネディーヌ・ジダン氏が育った場所としても知られる一方、1月にも銃による死亡事件が発生している。マルセイユでは麻薬取引をめぐる暴力団同士の抗争が貧困地区を中心に繰り返し行われているが、テロ組織の資金源になっているかどうかは不明。ただ、彼ら暴力団がテロ組織から武器を購入している可能性もあり、事件とテロ組織との関連を捜査している。

 フランス政府は1月の一連のテロ事件でアラブ系移民とフランス人住民との間に生じている亀裂問題が表面化したことを受け、宗教への理解と政教分離の原則を教育現場で教えることを決定した。具体的には小学校から高校3年まで秋の新学期から、道徳と公民教育が新しい科目として週1回加わり年間合計300時間、政教分離の原則や他者への尊重と連帯について教育するとしている。

 一方、フランスの穏健派イスラム社会の中には現在、イスラム国に批判的な言動を取る者への報復を危惧する空気が広がっている。そのため、恐怖からイスラム国の協力者になるケースもあり、ネットワークをあぶり出す捜査を難しくしている。またフランス国民全体にテロの脅威への不安が広がっている。