テロの新たな時代始まる
パリ銃撃事件、世界に衝撃
フランスの風刺週刊紙「シャルリー・エブド」のパリ本社襲撃テロは、テロの新たな時代を予感させる出来事だった。欧州最大のイスラム社会を抱えるフランスで起きたイスラム過激派テロは、欧州のみならず、西洋世界全体に暗い影を投げ掛けた。フランスや欧州先進国が抱える問題は、今後の世界に大きな問いを投げ掛けている。(パリ・安倍雅信)
アラブ系移民の若者ら 貧困と差別が引き金に
年明け早々、パリで起きたテロ事件は、昨年から十分予想された出来事でもあった。シャルリー・エブド紙のパリ本社襲撃で、世界的にも有名な風刺漫画家やジャーナリストを含む12人が犠牲者となったテロの予兆は実は昨年12月に始まっていた。
12月20日、仏中部トゥール南郊外ジュエ・レ・トゥールの警察署に刃物を持った男が押し入り、警察官3人に切り付け、そのうち2人が重傷を負う事件が起きた。男は警察官によって射殺されたが、仏対外安全総局(DGSE)が監視していた人物で、弟はシリアの戦闘地域にいたことのある聖戦主義者としてマークされていた。
また、12月21日、仏東部ディジョン市街で、男が車を暴走させ、通行人など13人を負傷させ、うち2人が重傷を負う事件があった。逮捕された男は、元精神科医で捜査当局は本人自身の精神的錯乱も指摘する一方、車を暴走させながら「アラーは偉大なり」と叫んでいたことが目撃者の証言で分かっている。
さらに12月22日、仏西部ナント市内中心部のクリスマスでにぎわう市場にバンが突入し、1人が死亡、9人が負傷し、うち3人が重傷を負う事件が起きた。バンを運転していた男は市場に突っ込む時に「アラーは偉大なり」と叫んだとされる。1月9日、自害に失敗し、病院で警察の監視下に置かれていた容疑者は、検察から正式に起訴された。
昨年は、900人以上のフランス国籍者が聖戦主義に感化され、シリアやイラクの戦闘地域に向かったとされる。約600万人のアラブ系移民(うち約480万人のイスラム教徒)を抱えるフランスには、アラブ系移民家庭に生まれ、差別と貧困の中で育った若者が多い。多くの子供が義務教育を終えられず、町で麻薬を売り、窃盗や傷害事件を起こしている。
今回、シャルリー・エブド紙本社で12人を殺害し、パリ北東郊外の印刷会社に籠城し、死亡したクアシ兄弟も、パリ市東部のユダヤ食料品店に立てこもり、特殊部隊に射殺されたクロバリ容疑者も、未成年の時から窃盗などの軽犯罪を重ねていた。
フランスの伝統的な文化とは異なったアラブ家庭で育った彼らは、政府が進める同化政策と相まって、フランス人としてのアイデンティティーは持てず、マイノリティーとしての疎外感に苦しんでいる。軽犯罪で実刑判決を受ける移民系の若者の多くが刑務所内で、イスラム聖戦主義に感化され、新たなアイデンティティーを追求するようになるという。
フランス政府は危険な聖戦主義が国内に広がることを懸念し、フランスに帰国した彼らが国内でテロを実行することを警戒、昨年11月には新たなテロ対策法を国会で成立させた。「テロとの闘い法」と名付けられた同法は、フランス国籍者の国外のテロ活動への参加阻止のため、渡航目的がテロ活動と判明した場合、パスポートを没収して国外渡航を禁止できるとしている。
また、メディアに対してテロ行為扇動罪を新設し、イスラム過激派系組織や個人がインターネットなどのメディアを通じ、聖戦主義を扇動し、戦闘への参加を促す行為を行った組織や個人に対してテロ行為扇動罪を適用できるようにした。
また、単独テロに特化した個人によるテロ計画罪を新設し、テロ組織や集団によるテロ計画への関与に対する現行の罪に加え、単独でテロを計画する個人に対して適用できるようになった。近年急増する単独でテロを計画し、単独で実行するローンウルフ型テロの増加に対応するためだ。
しかし、DGSE関係者は「現実には数が多過ぎて、彼ら全てを常に監視し続けることは困難」としている。英国やドイツ、米国との情報共有の強化も進めているが、実際に個人が単独でテロを準備している情報を事前にキャッチするのは非常に難しいとされている。
結果として、今回のテロのように、標的を定めた襲撃事件が警戒網をかいくぐって実行され、多くの犠牲者を出した。彼らの多くは戦闘地域で銃の使い方などの訓練を受けたとはいえ、プロとは言い難く、今回も容疑者のクアシ兄弟は逃走で乗り捨てた車の中に身分証明書を忘れるなどプロでは考えられないミスを犯している。
また、イスラム教の信仰も強いとは言えず、ラマダン(断食月)を守るとか、モスク(イスラム礼拝所)での礼拝や祈りを欠かさない篤実なイスラム教徒のレベルにはない。彼らの多くが唯一、聖戦主義の中に自分の存在意義を見いだし、キリスト教世界やユダヤ教勢力との闘争に強い使命感を持って過激な行動を準備している。
一方、イスラム教創始者ムハンマドの風刺画をたびたび掲載してきたシャルリー・エブド紙に対して、編集関係者の殺害により「言論の自由」「表現の自由」が侵されたという論調がフランスでは圧倒的だが、テロとは別に議論がないわけではない。
権力者などの風刺は一般的だが、マイノリティーで社会の底辺にいるイスラム教徒をさげすみ、彼らが信じる宗教を傷つけるような風刺画の掲載が果たして許されるものなのかという議論はある。オランド仏大統領は「今回の事件は宗教とは一切関係がない」と述べ、宗教対立が激化することを警戒しているが、実際には宗教抜きには語れない問題だ。
フランスでは、今回のテロ事件でアラブ系移民の排撃を主張する右派・国民戦線に追い風になるのは確実とみられている。イスラム過激派、極右勢力、ユダヤ系過激派青年組織などが今後、衝突する可能性も出てきており、政府は警戒を強めている。






